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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

日本は一向に困らないが
マスコミと識者?と呼ばれてコメントを述べる人たちは、問題点を整理して解決策を図ることを放棄してしまっているようにしか思えない。
非を責めるべきことには目を瞑り、何としても韓国側に肩入れして日本を悪者にしておきたいと躍起になっているように見えるが、一体なぜなのだろう?
どれも韓国側が素直に実施すれば収まることばかりであるが、もはや決着がついていることまで洗いざらい持ち出して並べ立てるからややこしくなる。

このところ問題になっていることを整理してみれば、要点となることは少ない。
1. 国際法上の順守義務である条約等、約束したことは守って下さいネ。
2. 軍事転用される可能性のある戦略物資は、その管理を厳格に守って下さいネ。
 (管理ができないということになれば、それを輸出者である日本が厳正にしますということで、
  改善策も使用量の報告もできない韓国をホワイト国から除外した。)
以上の2点だけである。
これの何が問題だというのであろう?

歴史問題だ、面子だ、捏造教育からくる誤った認識が助長した感情その他、拗れさせているのは韓国側の事情と、日本国内に居る反日分子だけではないのか?
必要以上に揉める原因は、そのあたりにもありそうに思えてならない。
何年か前までは、友好的になる兆しもあったのに、それを壊したのは断じて日本側ではない。
やりたい放題をやられて、日本側が我慢の限界をこえてしまったのである。

韓国と日本の一部マスコミが大変だ大変だと騒ぐが、日本がまだやっていない韓国への経済制裁に本気で踏み切ったら、確かに大変なことにはなろう。韓国経済は持ちこたえられまい。
日本のマスコミはそれを恐れて必死になっているのだろうか?

GSOMIAの破棄も、韓国の国益だと彼らは言っているが、国防上の方策をなくして韓国一国だけで自国を守れるとでも思っているのか?
勘違いも甚だしい。
それをしたことで日本が困っていると官民そろって思い込んでいるらしいが、日本政府の建前上の反応と本音は違い、日本が困ることなぞ殆どないと思われる。

何時まで経っても同じことのくりかえしだろうから、こうとなったら揉め事の原点となってしまった併合以前に立ち返り、当てにならない朝鮮半島を除外して、対馬海峡以南を日本の防衛ラインとすることを決意すれば、ややこしい国を相手にしないで済む。

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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

小説は、こちらでお読みください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887709936/episodes/1177354054887713218


童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/natsukazakosino530.html

小説も童話も、カクヨム 百神井応身(シャクジイオウシン)で検索してみて下さい。
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条約で決着済みのことを蒸し返すからもめる
植民地というものがどういうものなのかということを明確に定義しないで、押しなべて植民地という表現で一括りにするのは、歴史を論理的に交渉するには阻害原因としかならないように感じられてならない。
日本のマスコミがそれを意図的にかどうか解らないが、安易に口にすることで、日本人がある種の怯みを覚えさせられてきたことは事実だが、日本の植民地というものに対してはちょっと違いのではないのか、という認識を持つ人が増えたように思う。
物事を論理的に考える時に一番重要になるのは、言葉の定義づけである。
植民地という言葉を使う時には、その定義づけがなされないまま安易に使うと、共通認識は生まれない。
諸外国による現実の植民地政策がどのように悲惨なものであったかと較べ、個別の検証をしないままで論ずることには無理がありすぎる。

日本人も簡単に韓国を植民地支配したと口にする人が多いが、白人によってなされた植民地と混同するから、お互いの言い分に齟齬が生じる。
搾取するような物がなく、虐げることがなされたことがなかった韓国が言うように、植民地支配されたということを鵜呑みにして全て認めれば、日韓は未来永劫政治的には協調できないことになる。
是々非々での検証をして公平に事実を事実として明らかにしないままでは、収まりは決してつくまい。世界諸国における植民地支配国と被支配国のように、完全な和解はなくとも協調していく関係が築けるかどうかが問題ということであろう。
日韓は、認識のズレをすり合わせるには時間が経過しすぎた。
もはや、この先も政治的に折り合いがつくことはあるまい。


明治43年(1910年)、日本と韓国は合邦しました。

渡部昇一(上智大名誉教授)の書かれていたことを下記にそのまま引用させて頂きましたが、解りやすいと感じました。

日韓併合を日本による韓国の「植民地化」ととらえる考え方があり、むしろ、それが一般的な風潮となっています。もちろん、韓国や北朝鮮は政治的な利害からそう主張している。
しかし、それは日本と朝鮮半島という、地域的にも思想的にも限定的な、狭い見かたにすぎません。
アジアに対する欧米の帝国主義、植民地主義が当然とされていた時代の、世界史的な視野で見るべきだと思います。

たとえば、英語の文献では、日韓合邦のことを「アネクセイション」(annexation)と表現しています。これは「植民地化」を意味する「コロナイゼーション」(colonization)とはイメージがまったく違う。
歴史を公平に客観的に見るには、言葉が当時どのように使われていたかを知ることも重要です。現代の常識で過去を断罪すべきではありません。頭ではわかっていても、ついつい今の物差しで歴史を計ってしまいがちです。

そこで、少々衒学めきますが、初めに「アネクセイション」と「コロナイゼーション」の違いをイギリスの辞典などにもとづき、できるだけわかりやすく述べておきたいと思います。

まずコロナイゼーションの語源を考えてみましょう。“colonization”の“colo”は「耕す」とか「居住する」という意味です。このラテン語の動詞の過去分詞“cultum”は「耕された」「洗練された」の意で、「耕作」「教養」の意味の英語「カルチャー」(culture)も、そこからきています。

 “cultum”の派生語である“colonia”(コロニア)は、「農場」「領地」という意味でした。元来はローマ帝国の拡大にともなって新たな征服地へ移り住んだローマ市民、とくに「ベテラン」(veteran)と呼ばれる除隊した兵士たちが住んだ土地のことです。彼らはローマ市民権を持ち、駐屯兵として帝国防衛の役割も担いました。「屯田兵」のようなものと言えばわかりやすいでしょうか。

 イギリスをみてみると、ブリテン島にはローマのコロニアが九つありました。よく知られている地域では、ロンドン、バース(Bath)、チェスター、リンカーンなどがあげられます。いずれも当時はローマのコロニアでした。

 さて、ローマ時代には「農場」「領地」という意味だった「コロニア」が、やがてギリシャ語の「アポイキア」(apoikia)の意味にも使われるようになりました。ギリシャはシュラキウスやイタリアの島に入植し、独立・自治の・植民地を建設した。それが「アポイキア」で、メトロポリス(母なるポリス)から独立して住むところという意味でしたが、それもラテン語ではコロニアというようになったのです。

 では現代英語で「植民地」をさす「コロニー」(colony)という言葉はいつから使われるようになったのか。

 最初にコロニーという言葉を英語で使ったのは、リチャード・イーデンという十六世紀イギリスの翻訳家です。ペルーのインカ帝国を滅ぼし、文明を破壊した例のスペイン人、フランシスコ・ピサロの行状を書いた本の翻訳のなかで彼が初めて「コロニー」という言葉を使いました。一五五五年に出版した“The Decades of the New Worlde, or West India”(「新世界あるいは西インドの数十年」)という本に出てきます。
 一八三〇年代になると、アメリカでは、「コロナイゼーショニズム」(colonizationism)=植民地主義とか、「コロナイゼーショニスト」(colonizationist)=植民地主義者という言葉も用いられるようになりました。これなどはまったく批判的な意味合いを持っています。

 もともと悪い意味ではなかった「コロニア」という言葉が、大航海時代に白人が有色人種の国を征服していくにしたがって「コロナイズ」という言葉を生み、「掠奪」「侵略」というイメージを持つようになったのです。

 その「コロナイゼーション」という言葉は、日韓合邦については私の知る限り、イギリスの文献にはまったく現れません。すべて「アネクセイション」(annexation)と書かれています。

「アネクセイション」という言葉は、イギリスの哲学者フランシス・ベーコンが一六二六年より以前に書いたといわれる“Union England and Scotland”(イングランドとスコットランドのユニオンについて)のなかで、「二つの国(民族)の土地から、一つのコンパウンデッド・アネクセイション(複合した合併)をなす……」と、平等というニュアンスで使っています。

 一八七五年には、ジェームズ・ブライスという法学者・歴史学者が、“The Holy Roman Empire”(神聖ローマ帝国)のなかにこう書いています。
「フランスは、ピーモントをアネクセイション(合併)することによって、アルプス山脈を越えた」。ここにも「掠奪」という意味合いはまったくありません。

 動詞の「アネックス」(annex)は、subordination(従属関係)なしに、という意味を元来含んでいて、もともとどちらが上というニュアンスはなかったのです。

 一八四六年に出た『英国史』、元来はラテン語の本で、それ以前に出版されているのですが、そのなかには「ジュリアス・シーザーはブリテンをローマ帝国にアネックスした」という記述があります。この場合も、ローマの文明をブリテン島におよぼしたというニュアンスが強く、掠奪したという感じはない。
 一七七一年にグレートブリテンのエディンバラで第一版が出たブリタニカは、イギリスのみで発行されていた時代には『ロンドン・タイムズ』と並び情報の公平さで世界的に評価され、世界中の知識人に読まれた信頼度の高い事典です。そこには、こう書かれています。

「一九一〇年八月二十二日、コリアは大日本帝国(Japanese Empire)の欠くべからざる部分(integral part)になった」

 ここで「欠くべからざる部分(インテグラル・パート)」という書き方をしていることからも、・植民地・とは見なしていないことがわかります。

 「国名はおよそ五百年前に使われていた朝鮮(Chosen)に戻った。(略)日本が外交権を持った一九〇六年以来、日本によって秩序ある体系的な進歩がはじまっていたが、これ(合邦)によってその進捗はさらに確かなものになった」。ただ、「コリアン・ナショナリズムの抑圧を批判する人もいる」ということも書かれ、以下、およそ次のような趣旨の記述が続きます。

「警察制度を整備して内治をすすめたことによって泥棒や強盗団が跋扈していた辺鄙な地方の治安もよくなった。朝鮮の平穏さは、併合(アネクセイション)以来、曇ることなく続いていたが、一九一九年三月に突如、騒乱が起こった(渡部注 三・一運動)。これはウィルソン米大統領の唱えた民族自決主義(セルフ・ディタミネーション)の影響であったが、ただちに鎮圧された。日本は慎重に改革を進めていたが、これを見て計画を急ぐことになった。注目すべきことに、軍人だけでなく民間人でも朝鮮総督に就任できることになり、総督は天皇のみに責任を負う立場から、首相に従うこととなった。(以下、割愛)

国際的な合意も得て日韓の併合をし、土着民族の後進性を色濃く残す朝鮮を、日本の国力を傾注して近代化に導いた施策は素晴らしかったと思うが、韓国人たちにとってはその全てが恨みだというのだから仕方あるまい。
種族主義から抜け出せない思考形態は、反日思想に凝り固まり、意識は過去にのみ向かうばかりで未来に向かっての協調を目指せないほど牢固なものらしい。
彼の国で戦後70余年にわたって刷り込まれた歴史教育が匡されるには、それに倍する年月を要すであろうから、こちらからは如何ともなし難い。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

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国防問題まで嫌がらせに使うとは
韓国がGSOMIA協定を破棄すると発表したことで騒いでいるのは、マスメディアだけなのではないのか?
政府も表向きは遺憾の意を表明しているが、実質的に日本が困るということではあるまい。
これまでも、日本側が掴んだ軍事情報を韓国側に伝えることの方が多かったように感じる。
北朝鮮の発射したミサイルの飛距離でさえ、韓国は正確には判らなかった。
衛星一つ持てない国が、自らの安全保障上の対策を放棄するというのであるから、どうぞご勝手にということであって、北朝鮮と中国は喜ぶであろうが、日本が困ることになるとは考えにくい。
例によって、一番悪いタイミングで一番悪い選択をするという癖が出ただけのことである。

マスコミや一部識者?が考えているようなことは、日本国民の真意とはかけ離れているのだと思う。日本人は、韓国に対して何か圧力をかけて彼らを変えようとしているのではない。
これまで一方的に譲歩してきた韓国に対する姿勢を、仮令原価がかかったり多少の損害が出るとしても、もうそういう関係はやめようと、日本人側が変わろうと決意したのである。
GSOMIAの破棄は、それをすると対アメリカ上の関係で日本が困るだろうとする、単なる嫌がらせ行為にしか思えない。国防問題を、そんなことに使ったのである。
しかし、それをしたことで、馬脚はしっかり顕してしまった。
米国が呆れて米韓同盟に影響が出て、韓国側が要求しなくても米軍が撤退してくれれば勿怪の幸い、めでたくレッドチーム入りが果たせるという目論見が透けて見えてしまった。
韓国人がそれを望んでいるとは思えないが、大統領を選んだのは韓国国民であるから、日本がとやかく言えることではない。
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もしその時にアメリカと組んでいたら
日露戦争は、勝つには勝ったが、実態はそれ以上戦争を継続できないくらいの薄氷を踏むような状況であった。
一人日本の力だけで勝利を得たのではないのだが、それを知らない人が多い。
当時のイギリスのロシアに対する都合と思惑が絡んで、日英同盟が結ばれていたことも大きかった。
それによりロシアのバルチック艦隊はアフリカ大陸を大回りし、途中の寄港地でもイギリスの意地悪により補給もままならず、疲れ切って日本海に辿りついていたのである。

日露戦争当時の日本経済は、名目GNP約30億円、国の一般会計予算約3億円、日銀券発行残高約3億円、全国預金残高7億6千万円というサイズでしかなかった。日本は当時のGNPの2.5倍、国家予算の60年分の負債を積み上げて日露戦争に挑んだのだから、国の存亡をかけた文字通り命がけの戦いであった。

明治38年(1905年)9月5日、日本とロシアの代表の間で「日露講和条約(ポーツマス条約)」が締結されたが、条約の内容は、ロシアは日本に対して一切の賠償金を支払わず、領土については、日本軍が占領していたサハリン島のうち南半分を日本の領土とし、ロシアが有していた中国東北部の権益は日本に譲渡される、というものであった。
このような条約内容での合意に至った交渉の経緯は、日本国内でも報道されてはいたが、死傷者総数20万人以上という犠牲と、重税や生活の切り詰めによって約20億円もの戦費を負担するという金銭的な犠牲を払ってきた多くの国民は、戦勝による見返りを当然のことながら期待していたけれど、これを大きく裏切るものだったのであった。
しかしそれでまとめるより他ないくらい、日本も疲弊していた。
《ポーツマス条約締結と時を同じくして、米国の鉄道王と言われたエドワード・ハリマンが来日、日本政府に、鉄道をシンジケートで共同経営するよう持ちかけた。
南北戦争をしていたことで中国への進出に出遅れたアメリカとしては、それまでの日米の関係の良好さもあって、かなり友好的な提案であった。

 桂太郎首相や伊藤博文、井上馨ら元老は乗り気だった。日露戦争で金を使い果たし、鉄道を経営する資金のメドがたっていない。しかも日本単独では、ロシアが満州を奪還しにくるのを防ぐ自信もなかったからであった。
 このため10月にハリマン側と協定書に調印するところまでこぎつけたが、ポーツマスから帰国した外相、小村寿太郎が待ったをかけた。「満州は日本の勢力下におくことが国益にかなう」というのが小村の主張だった。
 戦争に勝って得た鉄道まで手放すことへの国民の不満も小村に味方した。結局政府は共同経営を断念、資本金の半分を外債で賄うことで単独経営を決めた。

 こういう時に、国の実情を理解することができず、感情的になって騒ぐ民意に従うことは、えてして判断を誤る。そんな実力はまだ日本に備わっていなかった。
 今の韓国の有様を見ていると、それがよく解かる。
 以後、アメリカは反日的な流れになっていったのではなかろうか。
「歴史にifはない」のだとしても、もし南満洲鉄道をアメリカと共同経営していたら日本の歴史が大きく異なっていたであろうことは確かでる。

 このハリマン提案を拒否したことについて、今となってみれば「共同経営を受け入れておれば、日本があれほど大陸に深入りすることはなかった」との批判が根強い。だがその後、移民問題などで日米関係が悪化したことなどを考えると、共同経営がうまくいったかどうかは一概には言えないことではある。
 しかし、もし米国と満洲の権益を二分していれば、日本は単独でロシアの南下を防ぐ必要はなかったに違いないし、米国と戦うことになるのもなかったかも知れない。

 日本人が歴史から学ぶべきことは、小村寿太郎のような「正論」だけでは世の中は回らないし、いけいけどんどんではすまないということであって、自国の実態実情・実力を見極め、無用な軋轢を避ける意味での「妥協」とか、全体のバランス感覚というのが政治には必要だということなのではないだろうか。

軍部の独走によって以後の日本が道を誤ったというが、国民にだって責任はある。
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幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

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東京裁判と石原莞爾
ネット上で読んだ記事であるが、おそらく事実であろうと確信する。

東京裁判において、なぜか石原莞爾は戦犯として裁かれなかった。
どちらかと言えば、連合国側は石原を法廷に出廷させることを、極力避けようとしたようにも思える。

石原莞爾といえば、関東軍1万の兵力で、近代兵器を備えた張学良軍22万の大軍を打ち破り、満州国を建国に導いた希代の軍略家だった。
病気療養中の石原完爾を尋問するために開廷された極東国際軍事裁判『酒田臨時法廷』には、リヤカーに乗って出廷したという。

終戦後の昭和21年某日、極東軍事裁判所の検事が石原を訪ねた。聞きたいことがあるなら、そちらが来いと言って自分が出向くことはなかった。
石原は、のっけから「自分が参謀総長なら敗戦していなかった。その時は君達が我々の前でペコペコしていたろう。」と言ってのけたという。
検事は、戦犯の中で暗に第一級に値する戦犯を模索していたので、誰がそれに該当するかと尋ねると、石原は即座に「トルーマンだ」と応えた。
検事が「米国大統領の事か」と聞くと、「そうだ」と答えた。 
検事:「何故か?」
石原:トルーマンがまいたビラの「もし日本人が軍人と共に協力するなら、老人子供、婦女子を問わず全部爆殺する」としたことを指摘し「これは何だ、国際法では、非戦闘員は爆撃するなと規定がある」
検事:「あれは脅しだ」
石原:「米国はこのビラの通りB29が軍需工場でない所、戦闘員以外の民衆すべてを爆撃したではないか。更に広島長崎に原子爆弾を投下した。一体どうしたことか。トルーマンの行為は戦犯第一級だ。考えて見ると一国の大統領ともあろう者がこんな野蛮行為を敢えてし、しかも恬として恥じない。こんな者を相手に戦争した我々が恥ずかしくてしようがない。賠償は払うが我々はその倍の賠償を逆に要求したい。」
更に続けて、「日本の罪を何処まで遡るのか?」
検事:「日清、日露まで遡りたい。満州事変の根源はそこまであるからだ。」
石原:「よしわかった、そんなに遡りたいなら、ペリーを呼んでこい。」
検事:「エッ、ペリー?」
石原:「自国のペリーを知らぬのか?我々は徳川時代から鎖国で、台湾も満州も不要であった。ペリーがやってきて大砲でおどかして門戸開放を迫り、自ら侵略のお手本を示した。日本も何とか生きる方法を考えないといけないから米国を大先生として泥棒の侵略を習い覚えたのだ。その元凶はペリーだ。彼を戦犯としてはどうだ?」

ある時石原は検事に「東京裁判を見るに、東条を初めとして何れも権力主義者で権力に媚び時の勢力の大なる方について甘い夢を見ていたものばかりである。莫大な経費をかけて世界のお歴々が国際裁判にかける値打ちがあるものは一人もいないではないか。」
検事:「全く同感です、ジェネラルのいう通りです。」
石原:「ホウ、君もそう思うか、米国は戦争に勝って今は世界の大国である。こうした価値の無いものを捕まえて裁判したとあっては、後世の笑いものになる。米国の恥だ。裁判をやめて早速帰ったほうがよろしい。」
別のある時、ソ連の参謀将校が石原の病床にやってきた。そして石原の天皇に対する信仰を嘲笑した。怒った石原は「そう言う自分はスターリンを神様のように信仰しているくせに、他人の信仰を嘲笑うような下司な馬鹿野郎とは話をしたくない。即刻帰れ!」と大喝した。参謀将校は完全に威圧された。さんざんに泣きを入れてやっと話をしてもらった。
石原はにわかに笑顔をつくり「ソ連は芸術を尊ぶか?」と聞いた。
将校検事;「ソ連は芸術を尊ぶ国である。」
石原:「芸術は信仰だ。そうではないというか。第一、君達はスターリンと言えば絶対ではないか。スターリンの言葉には一切反駁も許されないではないか。絶対なものは信仰だ。どおだ、分かったか。自分自身が信仰を持っていながら他人の信仰を笑うような馬鹿には用が無い、もう帰れ。」厳然と言い放つと、それっきり口をきかなかった。
翌日は、極めて丁寧でにこやかな態度の参謀が訪れた。
昭和21年東北の酒田で極東軍事裁判の特別法廷での石原のみへの出張尋問である。
石原:「満州は自分にすべての責任がある。なぜ自分を戦犯にしないのか。」後に検事が石原に対してつまらぬ尋問してすまなかったと言い、また、多くの外国記者団が「日本はどうしてこのような優れた人を採用しなかったのか」と言ったのだという。
将軍の悠揚迫らざる威容、正々堂々として自ら戦犯なりと言明して捨身で危地に突入してくる信念の強固さ、勇猛無比の豪快なる態度、誠実さは、裁く側・裁かれる側、敵味方、民族の別を越えて人の真心をを打った。
UP、APの記者が将軍のご意見を拝聴したいといってきた。外国新聞記者も判検事も日本にきて、日本人は権力者に対しては心にも無いお世辞をつかって嘘をいうが、このジェネラルだけは全く嘘なしで底知れぬ大人物だとして好意を抱いていた。
外人記者が質問する。トルーマン大統領をどう思うかと聞くのに対し、
「トルーマンは、政治家の落第生だ。」「どうしてか?」「政治家と自称する以上、目先が利かなくてはならない。明日、明後日を洞察してテキパキ手を打つのが政治家というものだろう。・・中略・・早い話が戦争の土壇場になって、させなくてもよいのにソ連に参戦させて鳶に油揚げをさらわれた図など世界史的な大笑話となって、恐らく後世に残るであろう。おかげでアジア諸国こそいい迷惑だ。ルーズベルトにしても似たりよったりだ。B29はドイツも完全に破壊した、全世界至る所で民族的国家的なトラブルを起こしている。こんな目先のきかない政治家は見たことがない。政略方面は落第生だ。」
記者連中はジェネラルの言う通りと言い大笑いした。
また、「ジェネラルはマッカーサー軍政は大失敗であると言うが、如何なる点でしようか?」と問う。
石原将軍曰く「その第一は、敗戦国の精神を侮辱していることである。腕力の強い奴が腕力の弱い者より精神がすぐれているなどと言う理屈はない。日本には日本のすぐれた精神がある。マッカーサーは敗戦国の精神を侮辱し民主主義を強要しているではないか。勝った国が負けた国を奴隷扱いするということは大きい誤りである。
プロシアの宰相ビスマルクは、参謀総長のモロトケ将軍にフランスに最敬礼を要求しようとした。モロトケは〔勝者は敗者の身になって考えてやるべきで思いやりが大切であります。降伏した上に更に最敬礼を要求して敗者に侮辱を与える事は、道をわきまえたもののする事ではありません〕と建言した。
近年聞く処によると国民は寒さに飢えている、死人も出ている。列車では子供が押し潰されているのに進駐軍だけがガラ空きの汽車だ。
どうだ、これが君の言う民主主義なんだ。日本軍が占領地でとった態度もこれほど酷いものではなかった。満州は結果的に遂に軍人と官僚とによって誤られ、今日侵略者としてレッテルを貼られている。
失敗の原因は中国人の嫌う中国の好漢を使ったことである。彼らは軍を背景にして私利私欲をはかった。中国から見れば全く笑止の沙汰である。日本に対する不信軽侮の原因もここにあった。マッカーサーのやっている事も日本軍の失政と寸分変わらない。
・・と滔々と批判し、声を大にして石原が言っているとマッカーサーに伝えるがよろしい。記者たちは石原の思い切った発言に驚嘆した。

石原莞爾が法廷の場に立つことになった理由は、東条英機を間違いなく死刑にするためであった。石原莞爾と東条英機は、仲が悪かった。悪い証言を引き出せると踏んでいた。
裁判長:「石原さんは、東条英機と思想上の対立があったようだが・・・」
石原莞爾:「ない」
裁判長:「そんなはずはない。東条英機と対立していたはずだ」
石原莞爾:「ああ、対立はしていた。しかし、思想上の対立はない。私には少なからず思想というものがあるが、東条のバカには思想なんてないからね」
と言い切った莞爾に、これならいけるって考えた裁判長が、最後の質問をしますと言って、いちばん聞きたいことを聞いた。
裁判長:『あなたは、この戦争でもっとも罪深い戦争犯罪者は誰と思いますか』
明らかに東条英機と答えてくれると信じていた裁判長に、莞爾はハッッキリ答えた。
『それは、アメリカ大統領トルーマンである。罪のない人間を、原子爆弾で殺しまくり、20万人も殺して、それが正義だと言えるのか』
裁判長は、裁判記録の削除を命令して、裁判終わった。

数年後、8月15日の終戦記念日に石原は死んだ。


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幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

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https://kakuyomu.jp/works/1177354054887709936/episodes/1177354054887713218


童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
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小説も童話も、カクヨム 百神井応身(シャクジイオウシン)で検索してみて下さい。
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