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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

そんな熟語を知っているとは感心だが
日本では、盗人猛々しいという言い方をするが、韓国語では「賊反荷杖」というらしい。
浅学にして知らなかったが、ムンヒサン議長は、この漢字熟語が解っていて使ったのだろうか?
韓国では、歴史学者でさえ自国の古文書の漢字を理解できないといわれるくらい、漢字を捨てた国なのだと聞いている。
ムン氏が漢字を覚えていたというなら大したもんだが、用法が違っていないか?
捏造だとバレている慰安婦問題、しかも不可逆的に解決しているものを蒸し返して、いつまでもたかろうとする方が盗人ではないのか?
日本では「泥棒に追い銭」なぞご免だと思っている。

韓国の文喜相国会議長は、天皇陛下に謝罪を求めた発言を巡る日本の反発について「謝罪すべき側がせず、私に謝罪を求めているのは盗っ人たけだけしい」と批判した。複数の韓国メディアが18日、文氏のインタビューを報じた。
日本は放っておけばいいだけのことだから、そんなニュースは流してくれなくてもいい。

韓国内でだけは居威勢がいいが、ムンヒサン議長は折角米国に行ってまで日本を貶めようとしたのに、米国では窘められて、というよりは叱責されて、散々の体たらくだったのではないのか?映像ではもう目が泳いじゃって、半泣きだったように見えたが・・・
「そんなことは言っていない」と嘘を言って胡麻化そうとしたら、証拠の音声テープを提示されてしまうという愚かさ。それで仕方なく醜い言い訳を並べたててみたけれど、それも当然ながら通用しないから、今度はお家芸である居直りを計ったのだとしか見えない。

日本は「遺憾砲」という当たっても屁でもないものしか撃たないから、舐め切っているのだろうけれど、「ごめんなさい」と言えない国の国会議長であれば、引っ込みがつかなくなるようなことを言わなければよいのに、奈落の底に向かうようなことを選ぶのが民族の特性なのだろうか?
こんなことを繰り返していると、それこそ本当に国際社会から引導を渡されてしまいかねない。

穿った見方かも知れないが、文在寅大統領にしてみればそれが狙いなのかも知れない。
韓国が孤立するということになれば、彼の願いである北朝鮮との統一がしやすくなる。
いざとなったら統一に反対するであろう国民を黙らせるには、自国の孤立化は都合がよい。
しかし、やってみれば解かるが、それは韓国と朝鮮が共倒れになる道である。
北朝鮮だって、自分勝手なことばかりほざく韓国人を抱え込むことには危惧を覚えて当然な国情なのである。
万万が一、文在寅大統領が思い描く通り統一ができて核兵器を手にできたとしても、それを使うわけにはいかない。
韓国の欠陥兵器で日本と戦えるわけがないから、核兵器を日本に向けて発射したとしても、それが届くという保証はない。
もしそれを使ったら最後、待ってましたとばかりに中国とロシアが半島に侵攻するであろう。
それを防ぐ能力はないから、あっという間に朝鮮は滅びると考えた方がよい。
そういう心配はしたことがないのだろうか?
国際情勢というのは、韓国が自分に都合よく考えているような動きはしない。
世界戦略でリーダーになれる能力などないのだと理解できないところが、気の毒といえば気の毒なのだが。
そもそも、韓国は南北朝鮮戦争の当事国なのに、それを理解できてもいない。
それは何かといえば、南北朝鮮はいま戦闘状態にないだけのことで、戦争状態にある国なのであるというのが現実なのである。
休戦協定は、米国を中心とする国連軍と北朝鮮及び中国の間で、韓国抜きで結ばれた。

2013年に北朝鮮自身が休戦協定は無効だと宣言したから、法的建前としては、戦闘行為がないだけのことで、戦時中の国だという事になっている。
即ち、米国は宣戦布告なしで、いつでも北朝鮮を攻撃できるという意味である。
北朝鮮はそれが解かっているから、米朝首脳会談に出てくるのである。韓国のことなぞ考えていない。
それに比べいつも他人任せの韓国が、ノー天気にも、状況を全く判断できていないということである。日本人だって、それを知らない人が多いから、偉そうなことは言っていられない。
日本や韓国の都合なぞ考えないで動く可能性があるのが国際関係だという事くらいは、知っていなくてはなるまい。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。

小説も童話も、カクヨム 百神井応身(シャクジイオウシン)で検索してみて下さい。
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すぐバレル嘘をつくのはつらいネ
発言の撤回も謝罪もしないと頑張っているようだが、それは当然であろう。
もし韓国でそれをしたら、命の保証は難しい。
日本が撃ってくるのは「遺憾砲」くらいのものであるから、当たっても屁でもない。韓国内に居れば、反日無罪で何とでもなる。

韓国国会の文喜相(ムンヒサン)議長が「天皇による謝罪で慰安婦問題が解決する」「 戦争犯罪人の息子」と発言したことについて、米国下院議長ナンシー・ペロシさんが会談の折に日本側の対応について韓国寄りの発言をしたような報道があって、不信感を禁じえなかった。
しかし民主党員である議長が、オバマ前大統領が仲立ちをして纏めた日韓合意の実績を否定するわけがない。「日韓双方とも合意事項を守りなさい」くらいのことは言ったかも知れないと思っていた。
それをムンヒサン氏が自分に都合よく、韓を省いて日だけを指摘されたかのように発表するくらいのことは、韓国人なら平気でするだろうなと推測していた。
それにしても、米国が天皇陛下に及ぶような発言を許容するとは考えられない。
反日を掲げる中国でさえ、皇室に触れるようなことは一切しない。日王などと呼ばず天皇と呼ぶ。
皇室を貶めるようなことをしたら最後、日本とは断絶状態になることを、両国は良く理解している。そうなったときの日本は、理屈抜きで恐い。

真相というのが段々明らかになってくるのを聞くと、日本は合意を守っているのにそれを反故にするような言動はいい加減にしなさい、と窘められたのではないかと窺われる。
な~んだ、また嘘をついたんじゃないか。
よせばいいのに、記者団の前で自国向きに得々として話してしまったのだが、各国からの反応が手厳しかった。引っ込みがつかない状態である。
「そんな意味ではない」とか「そんなことは言っていない」とか嘘交じりの醜い言い訳をしたところで、証拠のテープが提示されてしまったからどうにもならない。
情けないことに米国高官に執り成ししてくれと泣きついているようだが、相手にされていないようである。
ここのところ嘘をついて胡麻化そうとしても、今までと違って日本が反論するようになった。
なにをどうやっても、韓国側に分が悪い。国際的評価も、日本側に軍配を上げる。頼みの北朝鮮も距離を置きたがっているように見える。
いつもの例で、悪い方へ悪い方へと歩を進め、歯止めが効かない。
韓国内では政府も国民も文喜相議長擁護に回っているが、名前の通り悲惨な結果しか招くまい。

米国はキリスト教の国である。黙示録21:8にある「おくびょうな者、信じない者、忌むべき者、人殺し、姦淫を行う者、まじないをする者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである。これが第二の死である」との考えで動く。
韓国と違って、嘘が通用する国ではないことを知った方がよかろう。(労爺心ながら)

命からがら逃げて来た人の末が多いのでは?
現在は観光地として名高い韓国最南端の済州島。
だが、朝鮮戦争と前後して、その地の住民は李承晩大統領による徹底的な弾圧を受けたことにより、人口が9分の1になる「地獄」を経験した島でもあることは、余りにも有名である。
しかしそのことは、韓国内で徹底的に伏せられた教育を受けた韓国人には知る人が少ないのではなかろうか。
島民の多くは、命からがら祖国を捨てて日本に渡り、大阪・鶴橋のコリアタウンに集まるようになった。当時の韓国大統領李承晩は、なぜヤクザ崩れの暴力組織まで使って、自国民を虐殺しつづけたのか?自らの権力を固持しようとして狂っていたとしか思えない。
そんなわけで、今の在日韓国人の大半は、済州島の出身者が占めると言われている。強制連行されたのではなく、いうなれば日本への不法入国であった人たちが多いのだが、強制連行されたと言い張った方が何かと都合がよかったのだということは、その後の日本の対応を見ているとよく理解できる。
この美しい島は、第2次世界大戦が終わった後、2度も地獄と化した。1948年の済州島虐殺事件(済州島四・三事件)と、1950年からの保導連盟事件に連動した大弾圧である。
李承晩は、自分の権力を保持するために、北部との対立を後回しにして、南部朝鮮単独で国家樹立を先行させるべきと考えていた。
そのようなことをしてしまえば、民族が分断されることになりかねないとして反対する者もかなりいた。その代表が金九(キム・グ)や金奎植(キム・ギュシク)や呂運亨(ヨ・ウニョン)であった。
しかし、金九と呂運亨はその後、李承晩派とみられる 人物によって暗殺された。

済州島では事件前(1948年)に28万人いた島民が、1957年には3万人弱にまで激減したとされる。
異常を通り越している。
済州島四・三事件及び麗水・順天事件で、韓国政府は躊躇することなく殺戮しまくることで自国民を鎮圧したが、その後共産主義者の反政府活動及び保守派の主導権争いのために政情不安定に陥り、経済的困難の深刻化もあり、結果、多くの朝鮮人が海をわたり、日本に秘かに入国したのであった。正確な数を把握することは出来ないが、1946年~1949年にかけて、検挙・強制送還された密入国者数は5万人近く(「戦後における在日朝鮮人の人口現象」『朝鮮学報』第47号)に達し、未検挙者をその3倍~4倍と計算すると、密入国者総数は20万人~25万人規模となると推定される。

彼らは日本政府の恩情により永住権を得て住むことができるようになったのであるが、残念ながらその恩義を忘れ、反日活動に勤しむ者が多いということも指摘されている。
日本人の多くが、韓国人は日本に強制的に連行されたのだと思わされているが、そんなことはない。強制的に連れてこられたのであれば、戦後いくらでも帰国できる機会はあったのである。

中国人華僑が地域に溶け込んで、移住先の国々で友好的に過ごそうとするのに比べ、朝鮮人は民族の持つ性格がどこに住んでも協調的になれないから、日本に限らず世界のどこに行って棲みついても嫌われて、排斥運動の対象になることが多い。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

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http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

3.11行事を北朝鮮からも袖にされた?
大韓民国の動きがいまだに怪しいのは、そもそも建国の歴史事実を捏造しているところに原因があるのではなかろうか?
もし、韓国が日本との間で独立戦争をしてそれを勝ち取ったというなら、独立日は1945年8月15日でなくてはならない。
しかるに、韓国が独立(建国)した日は、1948年8月13日であり、終戦から3年も経ってからのことであった。紛れもない歴史事実である。
この日、首都・ソウルで 韓国樹立の宣布式が挙行されているのである。
そもそも、韓国軍がいったいいつ日本と戦ったというのか?もし韓国軍が日本軍と戦ったとしたら、日本軍は韓国軍を完膚なきまでに壊滅させたはずである。韓国軍などというのは、終戦後にできたのであるから、そんなことは起こりえない。そんなことも韓国人は理解できていない。
捏造教育というのは愚かさを助長する。

ヤルタ会談での密約があり、朝鮮半島はソ連とアメリカで分割されることになっていた。
曲がりなりにも日本と戦った実績のある金日成を傀儡政権とする北朝鮮が、ロシア・中国の後押しにより北で建国を宣言した。
朝鮮は日本領であると認識していたアメリカが朝鮮半島に占領軍として進駐していたところに李承晩は泣きつき、独立を果たそうとしたがなかなか認めてもらえず、その間に李承晩がやったことといえば、政敵は粛清するは自国民を大量に殺戮するはと、信じられないくらいの悪逆を尽くしたのであった。
北朝鮮が共産党国であることを嫌った米国が、その対抗上韓国の独立を認めるしかなかったというに過ぎない。要するに棚ボタ式独立であったから、建国時の政権に正統性がなかった。

韓国が独立できたのは、アメリカ人が戦ってくれたことと、旧日本軍で訓練を受けた兵が勇敢に北朝鮮と戦ったからであって、李承晩をはじめとする韓国兵は逃げ惑うだけであった。
日本にそれらの経緯が資料として残っていることは容易に理解できるから、ばれるとしたら日本からに決まっているとして、それが何としても表沙汰にならないよう、韓国は日本に圧力をかけ続けるしかなかった。それを今に至るも引きずったままなのである。

反日的日本人教師が教育現場に多かった時代は何とかなっていたが、彼らは徐々に駆逐されていった。それはそうだろう。嘘から出ているプロパガンダが長続きするわけがない。
歴史の事実は、隠そうとしても隠しおおせるものではない。韓国内でそれができたとしても、米国その他の国に、証拠資料は山ほど残っているのである。気の毒とは思うが、どう取り繕おうとしても惨めな建国歴史なのである。

韓国政府はこれを胡麻化すために、必死になって捏造教育を国民に施し続けてきたのであるから、いたるところに齟齬がでてくるのは不思議ない。
自分たちが騒ぎ立てすぎて、それらを掘り起こされ自らの墓穴を掘ってしまった。
苦し紛れに建国についてカイロ宣言などを持ち出したりもしているようだが、その時点で領土も国民も正当な政権もなかったのに、国として世界から認められた筈はあるまい。

そもそもカイロ宣言そのものの有効性すら否定されているのである。ロシアは、その会議に出席していなかった。

ウィキペディアによると、
カイロ宣言は、第二次世界大戦中の1943年に開かれたカイロ会談を経て示された宣言。軍事行動を前提とした連合国の対日方針などが定められた。
「カイロ宣言」は日時や署名がなく、公文書も存在しておらず宣言として扱うことが適切かについては議論もある。
出席者であったイギリスのチャーチルさえ、後に否定しているとも言われている。

対日方針を協議するため1943(昭和18)年11月22日からエジプトのカイロで開催されたフランクリン・ルーズベルト米大統領、ウィンストン・チャーチル英首相、蒋介石国民政府主席による首脳会談を受けて、12月1日に発表された「カイロ宣言」。
蒋介石は会談で、ルーズベルトの問いに答え、天皇制の存廃に関しては日本国民自身の決定に委ねるべきだと論じた。米国が起草した宣言案を英国が修正し、日本の降伏と、満州・台湾・澎湖諸島の中華民国への返還、朝鮮の自由と独立などに言及した宣言が出された。カイロ宣言の対日方針は、その後連合国の基本方針となり、ポツダム宣言に継承された。
ルーズベルトの狙いは、抗日戦を断念して連合国の戦線から脱落する恐れがあった中華民国を米英ソの三巨頭に加えて祭り上げ、台湾の割譲や常任理事国入りさせて激励させて士気を高めさせることだったと言われている。呂秀連元副総統も「カイロ会議は当時のルーズベルト大統領が中華民国と日本が単独講和をし、蒋介石・元総統が講和を安易に受け入れるのを避け、満州・台湾・澎湖島等を中華民国に返還させるためのもの」と述べた。
ただしルーズベルトは中国戦線の実態を認識していなかった。中華民国は開戦以来から対日戦に劣勢であり、中国共産党軍との連携にも消極的で、国共内戦すら再発しかねなかった。しかも1942年に日本軍がビルマの援蒋ルートを遮断しため、装備・物資がヒマラヤ越えでしか供給されなくなった。
ルーズベルトはカイロ会談後の12月6日、中華民国へ派遣されている外交官やジョセフ・スティルウェルから、次日本軍に攻勢されれば国民党政府が倒壊すると冷水を浴びせられた。スティルウェルは中華民国からアメリカ軍が日本本土を空襲計画することにも反対した。日本軍の内陸部侵攻を招くためだった。大日本帝国陸軍はカイロ宣言の翌年、大陸打通作戦を成功。中華民国軍の対日戦線をほぼ崩壊させた。
そこでアメリカは、中国大陸を反攻拠点とする当初計画を変更。マリアナ・フィリピン経由で日本を攻略することにした。カイロ宣言は戦術的誤算があったことになる。蒋介石はカイロ会談後、連合国の重要会議であるテヘラン会談、ヤルタ会談、とポツダム会談に招かれなくなった。蒋介石は1944年には裏で繆斌を通じた対日和平工作を行った。
2008年3月、当時の中華民国総統・陳水扁は、インタビューの中で中華人民共和国がカイロ宣言を根拠に台湾の領有を主張していることに対して、同宣言は
• 時間と日付が記されていない
• 3首脳のいずれも署名がなく、事後による追認もなく、授権もない
• そもそもコミュニケではなく、プレスリリース、声明書に過ぎないと発言している。
陳は、イギリス首相ウィンストン・チャーチルが1955年2月1日の議会答弁で、「『カイロ宣言』に基づいて中国が台湾に対する主権を有するということには同意できない」と述べていることを挙げ、「3人(ルーズベルト、チャーチル、蒋)にはそもそもコンセンサスなどなく、そのため署名もなかったのだということが見てとれる」と述べている。
それはひとえに韓国が独立戦争で勝ち取った国でないという韓国人自らの「脛(すね)の大傷」にある。米軍進駐により棚ぼた式に独立を得た韓国には、そもそも国家の正当性というものがないのである。
その正当性をひねり出し、脛の傷に絆創膏を貼る必要があった。韓国の歴史認識という「正しさ」の捏造(ねつぞう)である。韓国のいわゆる民族主義観は次の4点から成る。
 (1)高度な文明国だった朝鮮が野蛮人とみなされていた日本人に侵略され侮辱された(2)朝鮮統治における「改善」は、朝鮮人を効率的に搾取し支配し同化するため日本が朝鮮近代化を必要としたにすぎない(3)統治時代、朝鮮人民による解放闘争が継続的に行われた(4)日本人が朝鮮人に対する非人道的方策を推し進め一方的かつ高圧的に臨んだため、抵抗運動は活発化し同化政策は失敗した-である。
まず、李氏朝鮮に高度な文明などなかった。李朝五百年は中国から学んだ朱子学の儒礼の実践、消化に費やされ、経世済民を思わぬ李朝政権により朝鮮は貧窮に閉ざされていた。
凡そ1200年前に、弘法大師空海は、儒教が処世術の学問であると喝破しているその儒教をこねくり回すことだけに明け暮れていた国ではないか。というよりも国ともよべない国だった。
宇宙真理を具現化するのは仏教であるとして大師はそれを広めたから、日本は文化が発展したが、朝鮮では仏教を稀釈してしまったからそれがない。仏教が花開いたのは日本においてである。
現在の日本人がその真理を理解しているとは思わないが、意識しなくとも日常の行動にたくまずして自然に顕しているのが日本人なのである。

日韓の保護条約は高宗王が大臣5人に丸投げして生まれた。「そちたち良きにはからえ」と王が言った史料が3カ所から出ている。よって日韓併合は不法ではない手続きを踏んでなされたのである。不法なら時の列強国がそれを盾にたちまち襲いかかったことだろう。どちらかと言えば、面倒な朝鮮の面倒を見てやってくれと世界諸国から頼まれた上での併合であった。

極貧の朝鮮には、収奪するものがそもそもなかった。インカ帝国のように金でも採れれば収奪しようもあったろうが何もなかったので、他の植民地支配のように過酷にはなり得なかった。
労働の尊さを知らない彼らにその価値や意義から教えなければならなかったことが日本による「改善」の第一歩であった。
国民の殆どが奴婢(奴隷)階級であったのをまず解放した。
以降、日本から膨大な資本を注入して朝鮮の近代化を図ったというのが歴史事実なのである。
感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなぞない。
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ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。
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密航者の子孫も多い
在日の身分について、日本のマスコミがそれに触れることは殆どない。
それどころか、それに言及する者がいるとすぐにヘイトと結び付け、抑え込んでしまおうとする傾向があるように感じる。
だから、韓国人たちの多くは知っているようだが、日本人の殆どはその問題点を知らない。
しかし、事実を認識しないところからでは、いかなる解決策も出ることはないし、良好な社会の構築はできまい。
それでなくても、半島からの反日発言や反日行動が多くなり、日本国内からもそれに同調する動きが見え隠れしている。
折角長きにわたり友好を考えて来た日本人の感情を逆なでするようなニュースが多いのである。

最近日韓関係の悪化に危機感をおぼえているのか、在日韓国人が自分達の権利を主張する為、自己主張することが多くなった。
日本に溶け込み仲良く暮らしていく道を選ぶのならともかく、彼らの多くは反日行動を繰り返すから反感をかっているのであることも事実であるとの自戒があって然るべしではないのか?
ヘイトスピーチ禁止法を訴えている他に、日本での参政権や就職差別を訴えているが、今後も日本に住み続けるのなら、帰化することだって選択肢になる筈であるが、それをしようとはしない。

在日韓国人1世2世はともかく、3世はそもそも条約に基づかない滞在者であり、日本政府がいつ法改正し強制送還してもおかしくない立場であることに変わりはない。
あくまで特例のもとにあるのだが、韓国及び在日韓国人は、それを廃止されても仕方のない反日活動を継続し、日本国民が特例の廃止に賛成しかねない状況を、彼ら自身が助長しているのである。

日本が不法滞在者を取り締まらないのは、取り締まると国際問題に発展する可能性があり面倒だからに他ならない。彼らが粘着質な民族性を持っていることは身に染みて理解している。
それでも、本来的に居住させる義務があるわけではない。
一般的に外国人が犯罪を侵せば(犯罪率は高いのだといわれている)、本来なら強制送還すべきところ、それをしないで大目に見ているのが実情であろう。

ご承知の通り、欧州にはシリア難民が100万人以上押し寄せて、受け入れたり追い返したり対応に苦慮している。移住を求める先の国の文化を受け入れるとか、その国に親近感を抱いている人たちならよいのだろうが、どうもそうではないらしい。
在日韓国人3世の国際法上の立場もシリア移民と同等であり、危険が去ったら本国に帰国しなければならないのは当然である。その国籍を保持し続けているということは、その意思の表れであるのだから・・・
まさか残置諜者だというわけではあるまい。

そもそも「在日」と呼ばれる人たちが日本に在住できているのは、「韓国」という国が誕生したと同時に朝鮮戦争が起きたことにより、多くの韓国人は帰国するのを拒否して日本に止まったのが歴史事実である。
この時日本政府は、一人一人に綿密な調査を行い、全員が自分の意思で日本に残るのだということを確認している。日本に滞在することを認めたのは恩情である。強制ではない。
戦後に密行してきた人たちも多いが、彼らが日韓条約で定めた在日韓国人に該当していないことを含めれば、なおさらである。
なぜなら、日韓条約の在日韓国人としたのは、1945年以前から日本に居住していた人とその子孫を指しているからである。
即ち、日韓基本条約では、このような戦後密航者の受け入れを認めているわけではないので、彼らに永住権は存在しない。
「入管特例法」という日本国内の法律で、「特例措置」として居住を認めているだけに過ぎない。

条約上の永住者では無い在日韓国人3世も「特例措置」として在住資格が与えられたが、日韓条約に基づく条約永住者ではないことは明白な事実である。

1948年に韓国と北朝鮮が建国し、その時点では150万人が帰国したが、1950年に南北で朝鮮戦争を始めた。
1952年に日米(など50カ国以上)はサンフランシスコ講和条約を締結し、米軍の占領が終わり日本は独立国家になった。
そのことにより、日本に残っていた韓国朝鮮人は外国人と定義され、全員を半島に帰国させる事になった。
だが、朝鮮半島は戦争中で、韓国、北朝鮮ともに国として帰還者受け入れを拒否した。

その後、1953年に朝鮮戦争は終了したのだが、朝鮮半島は焦土と化しており、帰国を望む者は殆どいなかった。
1955年、日本は「在日朝鮮人全員に帰国を促したが、帰りたいという者が一人も居なかった。」
と国会での証言もある。
「それどころか半島から密航などでどんどん日本に渡ってきている」という実情や「強制送還するべきだが韓国政府が拒否している」ということも国会で証言されている。
1955年に朝鮮半島出身者全員が不法滞在者であり、早期に強制送還することが国会などで取り決められた。

しかしこの後、在日の立場を一変させる出来事が起こる。それが「日韓国交樹立」と「日韓基本条約」であった。
1965年、日韓基本条約が締結され国交が樹立されたが、この時在日韓国人1世だけに条約上の永住権が認められた。
こうなった理由は韓国政府が在日の受け入れを拒否したからであり、日韓で押し付けあった結果、
「1世だけ」日本が受け入れることになったのである。

終戦後20年経過していたので、1世の多くは中年以降であり、やがて居なくなると日本は考えたようであるが、判断が甘かった。
後に追加事項として在日2世にも永住権が認められたが、3世以降については協議すら行われていない。
日本政府は、在日3世以降に『一時滞在を許可しているだけ』であって日韓条約による国際法的な永住権は有していないのは、上述した通りである。
ましてや、密航者の子孫は日韓基本条約で定めた「在日韓国人」にすら該当していないのである。
日本に残る道を選択するのであれば、仲良く暮らしていく覚悟をして貰うしかないが、現に在日2世や3世であることが判っていても、日本で受け入れられ平穏に暮らしている人たちは沢山居る。親日的だからそうなのだというわけではなく、人として信頼される言動が周りから受け入れられての結果であろう。
しかし、反日活動を目的として残ろうとするのであれば、強制送還の対象者となるのは当然であろう。
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幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。
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