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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

鵜呑みにすると
マスコミの報道は、どうも中国よりの記事ばかりが取り上げられているように思える。
歴史と国際法からみて、我が国の領土なのだということを主張するよりも、先の大戦や経済がらみの話に論点を持っていきたいのではないかと思えてしまう。
「日中記者交換協定」なるものがあって、中国に不利なことは書けないということなのかも知れないが、領土問題とそれらは別の問題であることは論理上分けて議論するべきである。
ネット上での記事を読むと出てくる、マスゴミと揶揄して書かれるような偏向報道は避けるべきだと思う。
領土を主張することが何故、右傾化だと括られるのか理解に苦しむ。国を守るのは、極めて当然なことであり、そのために譲れない信念を無くしては、国の形態を維持できまい。
マスコミの報道は怖いのである。自分で調べても、事実関係はいくらでも出てくるのだから、鵜呑みにだけはしたくない。


大惨事?

大惨事内閣なんて、うまいことをいう人がいるもんだ。

第三次内閣改造がなされたが、そもそも1内閣1閣僚と言っていたんではなかったっけ?

問題山積のなか、どう舵取りをするのか危ぶむのは、私一人ではあるまい。

約束を守らないでは、何も信用できないということにならないのか?

国難のなか、本当に国を憂えて行動できるのは誰なんだろう。

選挙の時投票しなかったことはないが、今度の選挙では今まで以上に考えて、信じられる人を選ぼうと思う。

最高裁判所の判事のように、信任できない人をチェックするということはできないのだから・・・

 


クラシックコンサートというと

クラシックコンサートというと、なんとなくとっつきにくいイメージがある。

いい音楽を来場客に伝えたいというよりも、演奏者が自分の世界に浸ってしまって客が楽しめるかどうかを考えてもいないようなのに出会うことが多いということもある。

そんなことから、クラシックはどうも、ということになる。

有名な演奏家のときなど、弾いた本人が自分の出来に満足できなくて不機嫌であると判るような雰囲気なときでも、分かったのか判らないのか知らないが拍手する客というのもいる。

演奏家の大抵は、ステージに出てきてプログラムをただ黙ってこなし、音楽に関する楽しい話や、説明ををすることは殆どない。

 

彼のステージは、文句なく楽しい。

演奏と話術は別の才能だといわれるが、それを両立させていて、親しみ深い曲のメロディーもプログラムに関係なく話題に交えることがあるから、音楽への理解も進むしまた来ようという気になる。

帰り際には楽しそうにメロディーを口ずさんで帰る来場者が多い。

 

10月19日のリサイタルは、まだチケットに余裕があるらしいから、ぜひお出かけになることをお奨めしたい。

詳細は http://www.hito-takeuchi.com  のコンサートページをクリックすると出ています。

彼の手造りページです。


日本の親父たち
戦後の親父たちは良く頑張った。
家族を養い地域を支え、国の将来と子孫の繁栄のために脇目も振らず働いた。
趣味に時間も費用もかける余裕もなかった人たちが大半なのではないだろうか。
年金生活にはいると、仕事以外に能がないと馬鹿にされ邪魔者扱いされ、それでも稼ぎが少なくなってしまったことへの引け目からか、大人しくしている人が多い。
育てるのは当たり前、養うのは当たり前ということで、要求されること全てには対応できなかったことに責任を感じて、自らを不甲斐なかったと思い込んでしまっているのかも知れない。
それでも、何もない所から始めて、戦後の親父たちは、自らのことを省みずよく頑張ったのだと思う。


本音がわかる

TVキャスターのF氏がよくいう枕詞みたいなのがある。

「しかし、だからといって」という締めくくりの言葉。

 

「しかし、だからといって」の言葉の後に続くのが、彼の本音ととらえると解りやすい。

だからといって、彼の意見であることに変わりはないのだから、正義の使者のようなドヤ顔はどうもいただけない。

持っていきたい結論ありきの主張に胡散臭さを感じるのは、私だけだろうか?

偏る原因の最たるものがあって、それを隠そうとしているように見えるのだが・・・

 

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