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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

諸外国では何回もの憲法改正をしているが
不思議に思うのだが、そもそも自衛権というものが個別的自衛権と集団的自衛権に分かれるということがあるのだろうか?
我が国の憲法が厳しすぎて、そういうふうに分けて対処せざるをえなかったことなのかも知れないが、国を守るということで考えてみれば面妖なことに思えてならない。
現状では、刑法で認められている正当防衛すら、対外的に行使するのは難しいのではなかろうか?自衛する前に壊滅してしまいかねない。
金を出し基地を提供しているんだから、他人任せでいいというのは無責任に過ぎるように思える。
応分の負担をするのがどうして非難されることに結びつくのだろう?

「戦争法」などという禍々しくもセンセーショナルなレッテル張りをし、すぐにでも戦争になるかのように喧伝して反対を叫ぶ人たちはマスコミでも大々的に扱うが、法の制定に「賛成」あるいは「やむなし」とする人たちだっている筈なのに、それは一切報道されない。

「憲法改正を先にすべきだ!」との錦の御旗を振り回すのは、一見正論にみえるが、それがいかに難しいことなのかは誰もが知っている。
改正の手順が通過するまでの時間的余裕がないのかも知れぬではないか。
オープンにできない喫緊の脅威が迫っているのかも知れないのだと肌で感じている人も多いのではないかと思えてならない。

自衛隊が違憲であると言う人は殆ど皆無に近くなり、あれだけ大騒ぎして反対した安保改正も、今や一定の評価を受けている。
時代は動くし、それにともなって変えていかなければならないものもある筈だが、その議論はタブーとなっている。

因みに、1945年に第二次世界大戦が終了して以降、アメリカでは6回、フランスでは27回、ドイツでは59回、イタリアでは15回、オーストラリアでは5回、中国では9回、韓国では9回もの憲法改正をしている。それが世界の常識でもある。

国際情勢に合わせ、或いは現状にてらして法を整備していくことは必要であろうし、そこを見ないようにして議論もできないようにしていては禍根を先延ばしにしているに等しい。
平和を維持するのには、口で唱えているだけではなくて勇気もいる。
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