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戦争ができるということは侵略戦争をするということなのか?
世界大戦を経て、戦争は起こすべきでないというのは世界の共通認識となったのだと思うけれど、ギリギリのところで、自衛権というのは保持しないでは平和が維持できないというのが、国際法の基本となっているようにみてとれる。

このところ揉めている安保法案は、いつのまにか論点がすりかわり「戦争ができる国」即ち「侵略戦争ができる国」とする法案のように喧伝されているように思える。
抑止力だというのが、どうして侵略戦争に結びつくのか解らない。
よく聞いてみると、万が一侵略されるようなことがあったら、その時はどのように対応するかということの備えの為に、手順を予め決めておこうというのが本来の趣旨のように感じられてならない。

反対する人たちの極論はつまるところ「自衛もまかりならぬ」ということになりそうで、そうであれば、もって瞑すべし。国民の選択なら万やむをえまい。
いずれは滅びるほかあるまい。
守るのは自分たちではなくて、他の誰かだといっても、そんな人はいない。
現実的に考えて、どうするのが愛するものたちを守るのに良いのだろうか?

われわれはもう年でもあるしするからよいとして、子孫に対してはどうなのだろう?
憲法9条があるから平和を維持できたというのは、余りに表層的な見方なのではないのか?
日米安保条約という同盟があるからだった側面が大きいのではなかろうか?
全くの無防備だったらこうは来ていまい。

世界を見渡せば、不幸なことに戦争は絶えない。それが厳然たる事実なのだが、遠いところのこととしている。
日本が自衛権すら放棄して、すべて成り行きに任せるということになれば、相手は中国や北朝鮮ではあるまい。
中東の過激組織だって、無傷で日本を実効支配できるとなれば喜んで基盤づくりの標的にすることだってあり得る。
別段荒唐無稽なことをいっているとは思はない。なんと言ったって、守る気がないところを攻め取るくらい楽なことはないのだから・・・
某ジャーナリストが得意げに、日本でテロをやるとしたら、自分は新幹線を狙うといっていたが、そんなものでは済まないだろう。

平和な日本人が考えていることが世界共通とはいえないように思えてならない。
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