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国を守るということへの素朴な疑問
法律というものについて、詳しく勉強したわけではないので、素朴な疑問があるのです。

もとより、条文として規定されている法というものは、順守しなければならないことに疑義を差し挟むものではありません。
しかしながら、法律というものについては解釈や運用の仕方によって幅があるものなのだと理解している。

例えば、刑法第199条に、 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
という定めがある。
条文通りに読めば、人を殺したら死刑、少なくとも5年以上の懲役ということだから、裁判などしなくてもそういうことになる。
しかし、実際の量刑は裁判によって決まる。
法が禁じているから殺人というものは絶対起こりえない、ということでもない。

今回、安保法案というものが国会で審議されることになったとき、憲法学者というのが沢山TVにでてきて違憲を唱えた。
その大多数は、「憲法は神聖にして犯すべからず」という宗教に等しい観点からのみ意見を述べていたが、学者というのは、憲法といえども不備が有ることを研究して、よりよい法案を提示するという役目を果たすことはしないのだろうか?
天網のように絶対的なものでないならば、不可侵なものとしてばかりはいられない。
そういう意見を述べた人はいなかったように思う。学者というのは、法解釈の研究とその知識を述べるだけで済むというのだろうか?

日本国の憲法を改定するには、不可能に近い位の困難が伴う。
だとすれば、現実に合わせて解釈を変える以外に、現況に対応する道はないことになる。

日本国憲法を守っていれば、外国から主権を侵害されることなく安全を確保できるというならそれでも良いが、実際問題としてそういうわけでもあるまい。
更にいえば、憲法学者が国を守るということではないし、そんなことはできまい。憲法を守っていて国が亡びることになったら本末顛倒ということにならないか?

日本国を侵すことは決してないという国際的なコンセンサスがあるということでは決してない。
そうなっているのなら、世界に紛争は起こらない。

どう読んでみても、日本国憲法には国を守るための条文はない。
諸外国の憲法では、自国を守るためのそれを、どのように規定しているのだろうか?

素朴に疑問に思ったことを書いてみたが、国の安全保障というのはどうするのが良いのか挙国一致で議論を尽くさねばならないのだと思う。戦争は起こってしまってからでは遅い。

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