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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

こんなのも無宗教的な考え方なのだろうか
神様はいると信じているが、宗教というものについて研究したことがないから、ただ単純に考えてのことです。

世界にはいろんな神様がいて、それぞれに信じられていることは十分わかる。
その神様たちが理想とし、信者が信じる人の幸せというものはどういうものなのか、ということに神様たちの共通項というのはないのだろうか?

もしそれがあるとしたら、それは山に喩えたら頂上ということになる。
頂きを極めるためには、たった一つのルートしか存在しないということはない。
他のルートで登ることは怪しからぬというのなら、根拠というものがあるのだろうか?
登る難しさに差はあるにしても、AルートでもBルートでもCルートでも、どの道を辿ってもよかろう。楽な道を選ばねばならぬということはない。

仮令頂上までいきつけなかったとしても、至ることのできた地点までにでも幸せはある。
他のルートを全否定するという一神教の考え方というのは、争いごとを引き起こし、新たな不幸を産むのではないのか?
素人だから、そう思うのだけれど・・・

幸せを求める筈のものが、神様が違うことで敵同士となるというのが理解しにくい。
同じ神様を信じるのにも、宗派が違えば同様に争いになるというのも変な話しである。

日本のように八百万の神様がいて、外国から伝来した神様も等しく取り入れて同化し、その良い所を認め合うというのが一番良いと思うのだが・・・

教条的になりすぎて殺し合うことを、神様はお望みではあるまい。
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