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黒船が鉄の船だから恐れたのではなかった
ペリーによる黒船の来航の歴史に関しては、鉄の船が浮かぶことに幕府が驚いて、要求通りに不平等条約を結んで開港したと習った。

しかし、日本が鉄の船が浮かぶことを知らなかったわけではない。古くは織田信長の鉄甲船というのもあるし、維新よりずっと前にロシアの船が日本近海で沈み、それを模倣して鉄の船を作ったこともあるのだという。

ペリー来航の数年前、アメリカの捕鯨船が北海道沖で難破し、乗組員30人位であったというが、15人ほどを必死で救助し、松前藩ではたかだか猟師というにすぎないその船員たちを帰還させるために、それができる長崎まで大名並みに駕籠をしつらえ、食事にも配慮して送り届けたという。しかし、それらの船員たちは感謝するどころか、狭い檻に閉じ込められ粗末な食事を与えられたと不満を言っただけだったという。文化の違いを理解できる教養はなかったのだということになる。

アメリカは、鯨油を採るために大西洋を駈け廻り、そこにいた鯨を絶滅させてしまったので、次なる捕獲場所として太平洋に進出した。
広い太平洋では、水や食料や燃料の補給が必要となるから、日本に開港を迫ったのだというのが、本来の目的であった。
捕鯨反対を唱えるなら、クリーンハンドの原則との整合性をどう考えているのだ?ということではなく、単に歴史上の事実だけをいいたいだけのことである。

幕府の役人が恐れたのは、黒船そのものではない。船に乗せられていたペクサン砲という爆裂弾を水平射撃のできる武器を恐れた。
これで江戸の町を砲撃されたらたまらない。
一年の後返答するということで一旦返し、その間にお台場を作り、そこに十字砲火を浴びせられる砲台を築いた。
帰ると見せたペリー艦隊は、沖縄で乱暴狼藉の限りを尽くし、1年の約束を破って7か月後に再来航したが、江戸湾に入ることは危険であると察知し、横浜に上陸した。

こういう歴史は、学校では教えてくれない。
加えて、南北戦争で使った中古武器を売りつける目的もあったということなどは教えない。
鎖国していたから海外情勢に疎かったのだということはない。アヘン戦争のことも知っていた。ペリー来航の情報も事前に得ていた。疎くないから明治維新を成し遂げ、植民地にされることがなかった。
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幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むシリーズ。第七部まで完
「夏風越の(なつかざこしの)」

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