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隠しても現れる

政治家というのは、聖人君子でないと勤まらないということなのだろうか?

もしそうであるなら、与野党を問わず、一人としてそんな議員はいないのではなかろうか?

もしも居たとしたら、大変失礼なことを申し上げたことになるので、予めお詫び申し上げます。

 

あくまで私の個人的な意見ではあるが、「沈香も焚かず屁もひらず」というような人が政治家に向いているとは思わない。

明らかに国法を犯していたり、悪事に加担していたり、国益に反することをしたりしているなら別であるが、その職にある者の権限内のことであれば、その権限の行使は容認されて然るべしだと思う。

極論を言うならば、政治家というのは公約を掲げ、政治活動の実績として何を残したかということで評価した方が良いと思っている。

愛想が良いかどうかとか好きか嫌いかでものは言えない。

今までにない法案を通したり、何かを新たに為そうとした時に、反対する人が沢山出てきて当然だと思うが、国益に照らして、それがどのような結果を齎したかということで判断されるのでないと、芸能人でもあるまいに人気ばかりを気にして、結果的にポピュリズム政治ということになりかねない。

個人的な感想かもしれないが、人気云々の前に、K国やC国にとって好ましくないと思われると、マスコミの標的にされて叩かれることが多いように思えてならない。

 

自国にとって必要な時には面をおかしてでも、仮令悪人呼ばわりされてでも、国民の為に尽くすという使命感を持ってこそ政治家なのだと思っている。

そのために、選挙という洗礼を受ける。

 

国会に法案を出すこともなく、出された法案に対し真剣な議論を戦わすこともなく、揚げ足取りや、大局を捉えもせず重箱の隅をつつくような質問を何度でも繰り返して時間を空費するような議員を、支持する気にはとてもなれない。

 

会期中の重要法案審議そっちのけで、加計学園問題のみにのめりこみ、それでも足りずに閉会中審議を要求してまで明らかにしたいのは一体何なのだろう。

違法性は最初から無いと言っていたのではなかったのか?だとしたら目的は何なのか?

法案審議では味噌をつけたから、何とか失地回復を図ろうとして加計学園問題に躍起になっているというようにしか見えてこないのである。

 

「誰かが得をしたのではないか?」という噂は、格好の材料になる。

 

野党にもマスコミにも「加計学園ありき」ということにすれば、騒ぐには都合が良い。

この手の話題は煽るのに適している。

ところが、それに反する参考人の証言が次々に出てくるに及んで、加計学園は民主党政権時代から名前が挙がっていたのであり、安倍政権が無理やり押し通そうとしたのではないことが明らかになってきた。これでは筋書きに合致しなくなる。

 

報道バラエティー番組でならそれらを隠して、自分たちに都合が良い筋立てで騒ぐことはできたが、流石に本来の報道番組では、報道しない自由ということでいつまでも事実を隠しきれなくなってきたと思ったのか、これまでとは多少違ってきた。

結果として、コメンテーターたちは後後の自分の立場ということもあるから、

「政治姿勢に問題があって支持率を下げたのではないか?」と巧妙に言い換えるようになってきた。

 

ちょっと待って欲しい。支持率を下げたのはそんなことではあるまい。自分も与してあれだけ偏向報道をしたら下がって当たり前だと思える。

必死になった割には、野党の支持率は一向にあがらないで、逆に下がる。

自分のことを棚に上げたヒステリックな質問はブーメランとして返るばからか、より顰蹙をかっているではないか。

「細かなこと」を瞬間的に「小さなこと」と言い換えて居丈高に振る舞う狡さも見せてしまった。

これが閣僚であれば、辞任させられるような言動であったが、報道には手心が加えられた。

 

後先考えずに政権叩きをし、受け皿としてどのようなものがあるのかも一切示すことなくきたことは、大きな問題ではないか。大きく国益を損ねた。

K国と同じような混乱に導きたいとでもいうのだとしたら、余りに無謀である。

若者が意外に冷静であることが救いに思える。

 

それはさておき、物事を判断するには大局観を持って、まず全体像を捉えねばなるまい。

次には、時系列に沿った流れの整理。

そして最重要なのは、その案件が必要であったのかどうかということ。

 

どう考えても、告示だけを頼りに省益を優先させてきた岩盤規制というのは、打破されなくてはなるまい。

獣医師の数がどうだのこうだのということまで規制対象にするのはおかしい。

どのような業種業界であっても参入は自由であるべきだし、競争原理が働くことで、至らざる能力しかなければ自然に淘汰され、適正な数が残って進歩発展するというのが真理であろう。

もとより資格が必要な業種であるから、数が増えると獣医師の質が落ちるというのであれば、試験合格基準を厳しくすれば良い。

但しその場合は、獣医師全員の資格更新基準というのも論議されなくてはならないのは当然である。

学部の新設に反対する人というのは、既得権を有している側にしかいまい。

 

次に、行政が歪められたと主張する根拠としている「加計学園ありき」ということであるが、証言や議事録や積み重ねてきた手順が次々に明らかになってきたことが示すように、そこに総理の意向が働いたとする筋書きは、全て論破されたと言ってもよいのではなかろうか。

 

如何に報道しない自由を駆使して世論をリードしようとしても、事実の前には抗しきれまい。

マスコミは「更に疑問はのこるが・・・」との捨て台詞を残して撤収せざるを得まい。

 

残る問題は、贈収賄を疑われる議員と、守秘義務違反をした公務員ということになる。

自分が大騒ぎしたのであるから証拠は沢山残しているし、仮に逮捕されるようなことになったとしても自業自得として、マスコミは報道しない自由を選ぶであろう。

 

随分無駄な時間と国費を使ったものだという徒労感のみが残る。

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