旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

甘やかされ過ぎて育ったのか
ある経営者と話をしていたところ、最近の若者は仕事に就くと、最初から重要な部門の役割を担えないと不満に思い、それを理由に辞めてしまうのだという。
仕事に関する基礎的な知識や技能は、ある程度の経験を積まないと身にはつかないが、そういうことには意識が向かないし、それを理解して努力しようと考える堪え性というのが乏しいのだとか・・・
些細な注意であっても、それを怒られたと受け取り、すぐに顔色に出すし不貞腐れて、素直に自分の為に生かそうとしないから、指導する側が余計な気遣いをしなければならないことが多々あるらしい。
全ての若者がそうだとは思わないが、幼さから抜け出せないままの人が多いのだと感じる。

日本が長いデフレから抜け出せず、多額の財政赤字があると言われながら、曲がりなりにもいまだにGDPが世界の上位にあるのは、鉱工業製品の競争力があるということもさることながら、特許の数が多いということや、産業界に満遍なく培われ蓄積された職人技が与って大きいのだと思う。
そういうものは一朝一夕にできることではなく、地道な努力があってのことだと思う。
額に汗して働くことや、汚れ仕事も率先してこなしてこそ為し得られたことであり、日本では働くことを賤しいことだとしなかった考え方というのが根底にあるからだと思う。

どのような仕事に就くときでも最初は清掃から始まり、次が下働きであり、本業に関連する仕事というのが許されるのはそれからであった。
確かに、最初から教えた方が一通りのことをこなせるようになるのには手っ取り早い。
しかし、それでは教えられたことができるようになるという域にとどまるのであって、その先の発展向上はない。
下働きの間に自分のこととして身につけなければならないのが何なのかということを悟り、周りに居る多くの人たちと協力関係を結べるための信頼を得なくては、立派な仕事はなしえないものだと気づくための修行であったに違いない。
自分でも工夫したり画期的なことができるようになる本当の実力が身に付くのは、そういう過程を経ているかどうかというのも関係する。
いうなれば、経験則に基づく先人たちの教育方法だったのだと思う。
それが良いかどうかは判らないが、知識だけでは世の役に立つ形には結びつかないこともまた確かなことだと思う。
我慢ということを軽く見ることはできない。
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私が書いた小説 
ある日突然のように、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進めて、4月7日、第八部までを書き上げました。この続きがあるのかどうか、今のところわかりません。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

心と体のために良さそうなものを集めていくページを作ってみました。興味をひくものがあると良いのですが・・・http://www.kng2321-cbs.com/kenkou1..html
女性のために役立ちそうなことを集めていくページをつくってみました。目につくたびにアップしていこうと思っています。興味をひくものがあるとよいのですが・・・http://www.kng2321-cbs.com/josei2.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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