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勝てるなどと思っていなかったように思う
戦争は絶対に起こしてはならない。それは身をもって経験したことである。
しかし、戦争を起こさないためには、強力な抑止力が必要であろうことも確かなことである。
アメリカもいろいろ言われるが世界の警察を標榜し膨大な予算を使ってきたのに、大して感謝もされず、資金的にも息切れしかかってきたのかも知れない。
今どき力により相手国を屈服させ、隷属させることで利益を得ようとするなどということは原則的にはあるまい。
例外はあるかも知れないが、話し合いにより平和裏に、ともに豊かになろうと考えるのが基本なのではないだろうか。
20世紀の中頃までは、アフリカ・南米・アジアなど全世界の有色人種国の殆んどが、白人欧米列強諸国に植民地化され、征服され尽くされていた。
支那は、理不尽な言いがかりをつける英国からしかけられた阿片戦争に敗北し、インドは同じく英国の植民地となり、米・仏・蘭などにより、アジア諸国は抵抗することもできず席巻されていた。
日本だってその狙いの中に入っていなかったわけではない。
欧米列強の世界制覇完了寸前にあったのだといえる。欧米列強による世界制覇が完了すれば、有色人種は立ち直るのに数百年かかるか数千年を要することになったのか、或いは永久にそれは叶わぬことだったか判らない。
即ち、当時は全ての有色人種は家畜並みの劣等種族とされ、未来永劫差別されることになったかも知れない状況下にあった。
白人は神のような存在で、戦って勝てる相手ではないと思い知らされていた。

一度徹底的な屈辱を味合された民族は、二度と立ち直れない。戦う武器もない。
優秀な才能を持つ若者は、両手首を切り落とされたりするなど、過酷な弾圧をされるのを目の当たりにしたら、誇りを持って戦えというのは酷である。
やがては支配されるのが当たり前となり、白い旦那様に傅く文化が形成されてしまう。
アメリカなど戦勝国のお裁き(東京裁判)にひれ伏し、支那政府に屈従したがる昨今のリベラル(実態は左翼共産主義者)の言うがままに動くのと同じ病理であると類推できよう。
そんな中で唯一、白人の大国ロシアと戦って勝利を収めた日本は、それらの国々にとって希望の星であった。
日本のやったことが全て正しかったなどという心算は毛頭ない。
しかし掲げた志は、「人種差別の撤廃」であったり、「五族協和」をうたう大東亜共栄圏であったりした。
仮にそれが無くても、日本は植民地化される恥辱に甘んじるよりは、敵わぬまでも一矢報いるべく戦いを選んだであろう。敗れてよかったと思うことさえある。
よく、軍部が日本の国力を過信してと言う人がいるが、そんなことはあるまい。
なぜなら軍人というのは、彼我の戦力を徹底的に比較分析する。おそらく勝てるなどと信じていた軍人は一人もいなかっただろうと思う。
「虎は死して皮残す。人は死して名を残す。」というが、そういうことだったのだと思えてならない。よくぞ滅び去らなかったものだと思う。
戦いには敗れたが、ある意味では成功したのかもしれない。
特亜3国と反日的日本人はそんなことは決して言わないし、日本人の多くも戦後教えられた歴史を受け入れて疑いもしないが、アジア諸国では日本を評価した人もいる。
たとえば、プラモード:タイ首相が言っている。
『日本のおかげでアジアは独立できました。日本というお母さんは母体を壊してまでもアジア諸国という子どもを産んでくれました。今日アジア諸国が米英と台頭に話ができるのは誰のおかげか。それは自らを殺してまで産んでくれた日本というお母さんがあったからだ。我々は、お母さんがお産を決意した12月8日を、全ての力を出し尽くし私たちの国を産み、力尽きた8月15日を忘れてはならない。』

日本は再び志を高く掲げ、世界の平和のために名誉ある地歩を固めるために、今度は戦争によらないで世界をリードする働きをしたいものである。
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