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古来からの言葉を制限してどうなる
もういい加減に韓国がらみのニュースは報道しないようにした方が良いのではなかろうか。
どうせ大したニュースはないし、日本に対する悪口を言っているのをいちいち知らせてくれても、益々嫌韓感情が膨らむだけで、関係改善など程遠いものになっていってしまう。

おまけに、日本に古来からある言葉まで不適切であるとして自主規制までして、局内で自分たちが使わないというのならまだしも、出演者が発言した言葉まで取り上げて謝罪するとは何事か。

例えば、「チョン」である。漢字では「、」で表した。意味するところは取るに足りないということだから、馬鹿でもチョンでもという言葉は昔からあった。だから、誰でも簡単に写すことができるバカチョンカメラというのがあったし、大阪弁では「このバカチョン」とか「バカチン」というのは普通に使われてきた。
それをわざわざ、チョンは「朝」「丁」であると結び付け、差別用語だとしてとりあげるようになったといういかがわしさがある。

外国語に似た響きの言葉があったら、日本語を遠慮してN〇〇では使わなくするというのか?
そんなことを言ったら「勝男(かつお)」という名前をイタリアでは名乗れないことになる。
名詞というのは、もともと物を区別するためにできているのであり、差別とは違う。

この頃、何時の間にやら差別用語というのが増え、使えなくて不便な言葉や漢字変換しない熟語がやたら多くなった。
使い方に問題があるのならその使い方を正すべきで、言葉自体を否定してしまうのでは、文化の否定となんら変わらなくなってしまう。
そんなことを指導するのが識者だとしたら、間違った方向付けだと思う。

かかわりを持つことでゆえない不自由さを強いられるのだとしたら、本末転倒ではないのか。
何にでも難癖をつけようとしている人たちを相手にして、それではどうにもならなくなる。
セウオル号沈没の時もそうであったが、今度はほんとかどうか知らないが堤川の火災事故も日本の所為だといっているという。
少なくとも、日本の報道のしかたには難癖をつけているらしい。
事故から学んで改善するより他人の所為にして終わりにするから事故が絶えないのであり、日本製の部品が使われているからではあるまい。
セウオル号はパククネ大統領の、堤川火災はムンジェイン大統領の責任だということらしいが、なんかね~。見当違いなんじゃなかろうか。

見当違いといえば、トランプ大統領を国賓として招いた前後の行動も変だったし、中国に鳴り物入りで出かけて行ったのに相手にされず、外交成果をあげるどころか厳しい状況を現実化させてしまったというのも、見当違いのそれではなかったか。
韓国内では、大統領も外相も外交の天才だと持て囃されているらしいが、外からみているとサイの字が災と間違われてないかと思ってしまう。
友好関係を築くどころか、破壊してまわっているように見える。

中国で南京事件の行事をしている日をわざわざ選んで、ここぞとばかり一緒に日本叩きをしようと目論んだのだろうけれど、中国はこの先は日本との関係を改善していきたいと思っている。
だから式典にも微妙な配慮をして、悪影響が極力でないようにしていた。
そんなところにのこのこ出かけてきて、ぶち壊しになりかねないようなことを言われたら、「余計なことを言うな」と、能力を見限られるに決まっている。

中国は国論をまとめることができるが、韓国はそうではあるまい。捏造だろうが嘘だろうが感情的にどこまでも突っ込んで行ってしまい収拾がつかない国なのだと思われている。
中国と同じで、まだ専制政治下で統治された方が国は安定しよう。その上で捏造ではなく正しい歴史を学びなおし、恨みつらみでは幸せな未来を構築できないのだと気づき、近隣といかに仲良く発展していくかという考え方に向かわないと、ヘルはいつまでも続く。

アメリカには愛想をつかされそうだし、縋りつこうとした中国からは軽くあしらわれ、これはこの先も同様であろう。信ずるに足りないとされてしまうことを、いつになっても繰り返すからである。
困り果てて、日本に外相を派遣して泣きつこうとしたのだろうけれど、自分たちに都合が良いように対応してくれる筈はないではないか。
北朝鮮の脅威は強烈だし、経済状況も芳しくないとしたら、自らがなすべき行動はどのようなものになるのか、と考えた方が良い。
無理やり来日しても、案の定身勝手な望みは叶わず、結局は韓国に帰るなり、日本の悪口をいうことになっただけである。

自分が提供することなく、相手から虫の良い利だけをえようとし、それが得られないと自分のことは棚に上げて相手の悪口をいう悪弊が思考の根底に染みついて、もはや本能となってしまったのではなかろうかとさえ思える。
本能に従っての行動だとすれば、理性で対応することは難しい。
かかわらないのが良いのだということに結びつきかねない。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、12月20日、第10部まで書き終えました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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