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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

多分、能力はあるのに
漢文の時間に孔子だの孟子だのの教えというのを聞きかじったことがあったが、諺のように使われているいくつかの熟語を覚えているのみで、知っているということだけで、徳を高めるような行いをしてきたかどうかはわからない。
部分部分を知ったからといって、自分が神髄に迫るほどの勉強をしたわけでもない。
けっこうひねくれた感想さえ当時は抱いたものだった。

論語(孔子)にいう、「巧言令色、鮮(すくな)し仁(ジン)」もそうだった。
「巧言」は、口先がうまくて、心にもないお世辞を言うことで、 「 令色」は、顔色をよくして、人の気に入るように顔つきを飾ること。 「鮮(すくな)し仁( ジン)」は、人の本心の徳である、真心(まごころ)はほとんどないと言う言いであると習った。

しかし、世に出て自らの志を果たそうとするならば、一定の評価を得られるまでは言葉を慎み、居ずまいを整えるのは当然ではないか。
実力も無いのに上っ面ばかりを飾り立てておべんちゃらを言うのとは、言われなくても誰でも区別できるではないか、と思って聞いていた。
歯の浮くようなことしか言わない人が、いつまでも受け入れられるわけがない。

それでも、孟子の、王の王たらざるは、為さぬざるなり、能(あた)わざるに非ざるなり
(できないのではなく、しようとしないのである。)というのは、そうかも知れないと思っていた。
やってみなくちゃわからない、ということもあるが、できないできないという人は、得てしてやらない理由を見つけてやらない人が多いと思ったからでもある。
それでも、どう頑張ってみたところで、頭からその能力はないだろうと思える人もいた。

本心からやりたいと思うことであれば、途中で諦めることなく、それが叶うまでやり続けられるものなのだということは理解できる。
年はとったけれど、なにかちゃんとやることを見つけて、続けようと思う。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、12月20日、第10部まで書き終えました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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