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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

負のエネルギーをいつまでも持ち続けると
人は育つ過程において、いろんな師から学ぶ。学ぶとは真似ぶことから始まる。
その師といえど、完全ではなく学び続けている途次にあるのであるから、弟子にとって快い教え方でないことだってありうる。
脅したりすかしたり、後から思い返して弟子が恨みに思うことだってあるだろうが、それが全てではあるまい。自らの努力も当然あってそれらを乗り越えて成長する。
よく訳知り顔をした識者というのが出てきて、教育の方法について自分の主張することを絶対視してものを言っているが、暴力的であったりの限度を超えなければ、いろいろあってこそ弟子は強く鍛えられるのではなかろうか。
現実社会はひ弱なままでは乗り越えられまい。
弟子は一定の域になると、今までの全てが良かったのだとして昇華できる人と、あれが嫌だったこれが嫌だったといつまでも捉われて、よせば良いのに他人にもそのことを語る人とがいる。よせばよいのにというのは、恨みに思っていつまでもそれを思い返し掴みなおしていると、それが業になるからである。
負のエネルギーは、現れたらそれは消える時なのであるから、これで消え去るのだと自分から手放さないと、傷つくのは磨かねばならない魂なのである。
全てよしと思えるようになることが即ち成長なのだと思う。全てを受け入れることができるようにならないと、決して優しくはなれない。いうことやなすことが、人の気持ちに届かないのである。

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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、12月20日、第10部まで書き終えました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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