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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

記憶がない部分が多い
もう70年以上昔のことであり、父も母も居なくなってしまった今となっては、確かめるすべはもはやない。
それでも、とぎれとぎれにではあっても、僅かに思い出す記憶というのがある。
4歳の時に満州から帰還したのであるから、それが両親にとって如何なる困難を伴ったことであったかは、想像を絶する。
体の弱かった母を、黒い負ぶい紐で背負って連れ帰ろうとしている父に「私は置いて、子供たちだけでも連れ帰って。」といっていた姿を、幼いながら覚えていて思い出す。
5歳年上の兄と、2歳年下の妹、5人の家族がどのようにして帰国できたのであろう。

明日は出発という日の夜、隣の喧嘩相手であった男の子が石炭置き場で泣いていたのも記憶にある。
きっと帰れない事情があったのであろう。
かくいう私も、途中で食べた物にあたったのか、半死半生でようやく両親の故郷にたどり着くことができたらしい。
残留孤児として、かの国に残されても不思議の無い状況でありながら、戻れたのである。

多分、日本に着いてからのことだと思うが、父の背中から見た道脇に生える赤ん坊の木の赤い新芽の記憶があるが、降りた駅からどの道を辿ったのだろう?

日中の国交がなって、彼の地に旅行することが可能になったとき、母に「昔住んでいたところに行ってみたいか。」と尋ねたことがあったが、言下に断られたことがあった。
母にはその後二度とそれを尋ねることはしなかった。

帰国はしたが、戦後の厳しい時代の中、育てて貰った恩がある。
そんな簡単なことさえこの年になるまで思うこともなく、親不孝を重ねてしまったのではないかとの取り返しようもない後悔はある。
百歳近くまで生きてくれたのだから、もっと優しくすれば良かった。
せめて時々は思い出して、手を合わせ感謝したいと思う。

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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、12月20日、第10部まで書き終えました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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