FC2ブログ
旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

信頼関係が結ばれるのは
 昭和30年代、決して物質的にはまだまだ豊かでなかったけれど、心の豊かさは確かにあった。
 頑張って世の為人のためになろうとする思いをそれぞれが持っていた。
 庇いあい助け合い、我がことのみでなくまわりを思いやることがたくまずしてでき、芯に優しさがあった。
 苛めはあったが、陰湿なものはなかったし、先生や大人に力があったし、尊敬できる人が多かった。
先生に力がなくなってしまったのは、どうしてなのだろう?
それと同時に、子供の権利ばかりが主張され過ぎていないだろうか。

戦後、否定したのか無視したのか目を逸らしてしまったのか知らぬが、永く培われてきた精神的文化が、歴史の中からいつの間にか損なわれてしまったように思える。
それも戦後の学校教育がなしたわざなのだろうか?

2週間ほどかけて、留学先から帰国することになった倅がお世話になったところを訪ねてザルツブルグとプラハを廻ったことがあった。
その時、行く先々の知人や、生活の必要上できた八百屋・肉屋・花屋・チョコレート屋さんなどなど、いかに日本人である息子が信頼関係を持って大事にされていたかがわかった。

 彼が言うのに、「あの人はいい人だから会うといいよ。」と現地友人から紹介された相手は、実に日本人的な発想をする人たちばかりだったという。
彼らが認めるいい人というのがそうだったのだと。
 そうして交流が広がった。基本的に、日本人は外国人に好かれている。なぜなら、礼儀正しく、考え方や行動がまともだからです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、12月20日、第10部まで書き終えました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
スポンサーサイト




コメントの投稿

 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 気づけばそこは幸せの世界. all rights reserved.