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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

業(ごう)としてため込んでしまわないように
人には如何とも為しがたいものがある。
それらはいろんな関わりの中での想念となって現れ、それに捉われると、精神を苛まれる。
外に向ける想念が強ければ攻撃的になり、内に向かえば鬱状態となって、そこから抜け出せないから、それが原因となって長く続いてしまうものを「業(ごう)」という。

人は今更悔やんでも取り返しがつかないような過ちを犯してしまう。
誤った想念や行動は、ある日突然「苦しみ」となって自らの身に現れる。
原因となることがあって、因果の法則が働いているということであるから、身に覚えがないといってばかりもいられない。過去世の過ちが今表れたのかも知れない。

しかし、苦しみとして表れたということは消えるということであり、消すことのできるチャンスなのである。
消える為にあらわれたのに、それを新たに掴みなおしてしまうから、業として更に強まりいつまでも残る苦しみとなってしまう。
大いなる意思(神様といってもよい)は、人間にそんな苦しみを負わせ続けるわけがない。
何故なら、大いなる愛であり大いなる慈愛としての存在が神だからである。

ではどうするかということになるが、どんなに自分勝手なことかとは思わないで「現れたからには必ず消え去ると信じ、先ず自分を許す。自分を許すのだから他人も許す。そうして自分を愛し人を愛す。」以後、愛と誠の言行を為し続けるように努力する。

日本には昔から「禊」という風俗がある。自然に身に付いた知恵なのだと思えてならない。
もっと言えば、正月という行事がある。昨年1年間のもろもろをリセットして、新たに始めるための手続きなのだと思う。
捉われから抜け出すためなのだと思えば、意味が深いことを長きに亘って培ってきたのである。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年3月19日、第11部まで書き終えました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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