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4000年が連続しているわけではない
古代中国、夏 (か) の桀王(けつおう)と殷 (いん) の紂王(ちゅうおう)は、ともに暴虐な君主として知られている。
前1550年、殷の湯王が、夏の暴君桀を滅ぼし、王朝を建てた。このような武力による政権交代を、放伐という。

殷は商とも称した、あるいは「商は殷の別名」とも説明されているが、現代中国の歴史教科書では、商を正式な国号として次のように説明している。
(引用)「商の湯は毫(はく)に都を定めた。政治の混乱と水害により、商の前期にはしばしば遷都した。紀元前14世紀になって、商王の盤庚が殷に遷都すると、国は安定し始めた。後世の人は商を殷または殷商と呼んでいる。盤庚による殷への遷都ののち、商の統治範囲は拡大しつづけ、当時の世界の大国となった。」
このように中国では殷ではなく「商」をこの王朝名として使われていているが、日本では「殷」という呼称で一貫して説明されることが定着している。

紂王には妲己(だっき)と呼ばれる妃がいて、これがまたとんでもない悪女として知られている。
二人揃っての悪逆ぶりに、周の武王と呼ばれる将が兵を起し殷を滅ぼした。
この時の兵力は武王が5万人、紂王が70万人だったというが、紂王は反感をかっていたので兵が動かず、完敗した。
こうして周王朝ができた。

中国では、王朝が変わると前の王朝の者は根絶やしにされる。これを易姓革命という。
殷(商)の国民はバラバラになって中国全土に散らばり、物を売ることを生業としたことから「商人」という言葉がうまれたのだという。

その周も時代が下ると乱れ、暗君が出てくる。最後の王とされる幽王には、褒姒(ほうじ)という愛妾がいたが、このなかなか笑わない后が外敵が攻めてくるという報に接すると笑顔を見せるので、これを笑わせるために、幽王は平時であるのにたびたび烽火(のろし)を上げて諸侯を参集させた。暗君と呼ばれる所以である。
度重なれば諸侯も狼煙を信用しなくなって、こうして周も滅んだ。

その後、秦の始皇帝が国を統一するまでの間、200余とも言われる群雄が割拠し、春秋戦国時代と呼ばれる500年もの長きにわたって戦乱に明け暮れた。

王朝ごとに違ってしまう中国には、継続した歴史というのは存在しないから、4千年の歴史という言い方はちょっと違うのかもしれない。

日本の将棋は、取った相手の駒を自分の手駒として有効に活用するが、他国にはこのようなことはなく使い捨てである。前のことでも有効に活用するという考え方が無いと、後世に伝わらない物が出る。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年3月19日、第11部まで書き終えました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html
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