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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

寝ている人を起してまで聞かせる内容とは思えない
多分、明治時代にできた訳語だと思うが、speech を演説と訳した人の言語能力には驚嘆する。
演説とは、「議会や民衆などの聴衆の前で自分の主義・主張や意見を述べることである。」と辞書にはあるが、「説を演(の)べる」という表現を思いつく才能には恐れ入るばかりである。

説というのは、「ものごとの義や理を解釈して説き示したもの。または物事によせて意見を述べたもの。」ということであるから、単なる言いっ放しの主張とは異なり、筋道だった説得力があって他人の同意を得られるものということになる。

日曜日の朝になると某政党の宣伝カーが近所の公園にやってきて、まだ寝ている人もいるであろう時間帯に、拡声器を通した大音量で、わけのわからないことを主張するというか言い放つだけで帰っていく。
演説ではなくて、自分の側からだけの主張である。
なんとなれば、他党の悪口を並べ立てるだけで、何故それが気に入らないかという納得できるような説明が伴わないからである。
自分がそう思い込むのは勝手だからどうでも良いが、他人がそれに同調してくれるとでも思っているのだろうか? 一方的に聞かされるだけというのも、迷惑と言えば迷惑。
近所の住民の反応は冷ややかで、側に行って聞く人は皆無だし、何の目的でやってきているのかさっぱり解らない。長時間に及ばないことだけが救いと言えば救い。

悪口と反対だけを唱えてみても、何の役にも立つまいにと思ってしまう。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年7月2日、第12部まで書き終えました。一応の区切りとしたい。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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