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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

一つの意見だとは思うが
TVをみていたら、自分の手掛けた事業が成功した人たちが出てきて、いろんな意見を述べていた番組があった。
それぞれに今までと違った観点や手法を見つけ出して成功したことは間違いない。
なるほど、そうすることがうまく行く要因であったのかと理解できることが多かった。
しかし、常識を否定するような表現があったことには違和感を覚えた。
いわく「常識というのは個人個人で違うのだ。」というのである。
今まで常識とされていて、そこから違う見方をしてみたら、別の工夫ができるというのならその通りであろうが、それが常識を否定することに結びつくようなことではあるまい。
常識というのは、社会生活をしていくためのベーシックとしての共通認識として、多くの人が争わずにすむように培ってきたものではないのか?
意見・主張が人それぞれだということと、常識と一括りにしたものと較べるのは、論理的ではない。言葉の定義をしないでものを言うと紛れが出る。
それを混同すると、ドキュンと言われる人たちをも認めざるを得なくなるではないか。
常識というのは、その殆どが「法」としての制限は受けないまでも、それに次ぐ規範となっているものが多いのである。

思い込みというのが強くないと成功を収めることは難しいということはその通りであろうが、それが強すぎれば、受け入れられないことが多くなることも事実であろう。
会場にいた聴衆が、常識というのを否定することに賛成するような反応をみせていたことに、
人前でものを言う人の責任の大きさを感じさせられた。

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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年7月2日、第12部まで書き終えました。一応の区切りとしたい。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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