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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

受け取る側にも判断力が要る
虎穴に入らずんば虎児を得ず、という故事がある。
特ダネを抜くためには、そういうこともあるのかも知れないが、何のためにそれを追い求めるかということに、正義の志というのはあるのだろうか。
フェイクや事実確認がなされていないものであったとしたら、害ともなり得る。

《「論語」八佾 (はちいつ) からくるところの木鐸、すなわち世の人を教え導く人・社会の指導者たらんとする気概をもって、志高く正論を主張するというのならわからなくもないが、自らの偏った思想に拘るのあまり、何でもかんでもその主張に結び付けようとする論理を組み立てる人というのが少なからずいるのではなかろうか。

友人の一人がジャーナリストのことを「蛇穴栗鼠兎」と表現したが、「蛇穴栗鼠徒」と言った方がよさそうな人も居そうである。
言うだけ言って自分の言に責任を持たない。
政権の監視が役割だと僭称するむきもあるようだが、世の為人の為という信念や観点からずれて、自分の思惑通りに世論を誘導しようとする無理が垣間見える。

地上の楽園だと煽って情報不足だった人たちの人生を誤らせた可能性を持つ人たちが、その後に実情を知って反省したということを聞いたことがない。

民主主義国であったなら結果は違ったのかも知れないが、一党独裁の共産主義国である中国に資本と技術をつぎこみ、結果として国内の労働需要を損ない、あまつさえ長期にわたるデフレを招いたのも、それを先導した人たちがいたことによるのは、一つの現実であろう。
経済発展したことが友好的平和に結びついたのであればよいのだが、大して感謝されもせず、現実は、中国が軍事力を増強することになっているのを目の当たりにし、防衛上日本も対応を迫られるようになってしまった。
経済発展すれば民主化に向かうから危惧するには及ばない、と言ったのも彼等である。

全てに反対し、政局がらみにしようとする目的は何なのだろう?本当に国民の為を思ってのことかどうか疑わしいことが多すぎる。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年7月2日、第12部まで書き終えました。一応の区切りとしたい。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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