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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

言葉には字面だけではない意味がある
本来あったそもそもの意味を理解することもできず、うわっつらの言葉だけでとらえられた結果、使い難く、というより使えなくなってしまった言葉というのが数々ある。
言葉狩りででもあるかのように、単に普通名詞であったものが差別用語だと決めつけられて、漢字変換できなくなってしまっているものは枚挙にいとまがない。
言葉という文化を失うことで無くしてしまう心理描写や、その言葉に含まれる深い意味を理解できないことからくる狭小さは、一事が万事となるから、いずれ取り返すことができない事態を招くに違いない。
そういう意味でいえば、言語に携わる学者や、それを教える教育者の責任は大きい。

例えば「つまらない物」という表現がある。
手土産などを持参した時に使われる挨拶として通用してきた。
これを文字通りにしかとらえることができず「つまらない物なぞ持って行くのは失礼だ」と、マナーの先生だと僭称する人たちが大真面目で主張し、いつの間にかそれが定着してしまった。
素養の無さを指摘する人が少なかったせいなのか、諾々として常識化した。

日本人には謙譲の美徳というのがある。自分をひけらかすのではなく、自らがへりくだることで相手をたてたり尊敬の気持ちを表す奥床しさというのは、教養人の嗜みであった。
「自分なりに誠意を込めた品物を選びましたが、立派な貴女様の前ではつまらないものに見えてしまうかも知れません。」という謙遜の気持ちから出る挨拶言葉であるこれのどこが失礼だというのであろうか?
日本人が、古来から培ってきた美徳を壊そうとしている勢力があるのだろうか?

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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年7月2日、第12部まで書き終えました。一応の区切りとしたい。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html

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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。
人間だけが墓を作り、そこに花を手向けるということに、何か意味がありそうです。

なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか
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