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宣教師たちの思惑通りにはいかなかった
宗教を否定する気は毛頭ない。単に知りえた事を挙げてみるだけである。
歴史というのは、表で語られることだけにとどまらない。
布教のために命がけで海を越えてやってきた宣教師たちにも、自らが信じる神の教えがあったことは確かであろう。
ただ、良いこともしたかもしれないが、悪いことも沢山したというのも歴史の事実である。
目的は、布教だけではなかった。
全てが良いというものもないし、全てが悪いということもない。
しかし、戦国時代の昔からやってきていたのに、日本での信者数が現代にいたるも数パーセントにとどまったままだというのも実情である。

宣教師たちは驚くほど細かに日本のことを調べ上げ、報告をしていた。
宣教師ルイス・フロイスが暴君と呼ぶ豊臣秀吉が「伴天連(ばてれん)追放令」を発したのは、1587年7月24日(天正15年6月19目)であった。
これは天正(てんしょう)の禁令として知られる第1回のキリシタン禁止令である。それ以後徳川時代にかけて、次々に発せられた禁止令の理由をまとめると、次の五つになる。

キリシタンの宣教は西欧諸国の植民地政策と結びついていた。初めに宣教師を送ってその国をキリスト教化し、次に軍隊を送って征服して植民地化するという政策であった。秀吉は早くにそのことに気づいて主君信長に注意をうながしていた。

ポノレトガルやスペインのようなカトリック教国は、強力な王権をバックに、大航海時代の流れに乗り、先進的で機能的な帆船や、破壌力抜群の大砲を武器として、世界各地に帝国を築き上げていた。その帝国が築き上げた植民地や、その植民地をつなぐ海のルートを通って、アジアでの一獲千金を夢見る冒険家たちが、何百、何千とビジネスに飛ぴ出していた。

そうした中でのカトリックの宣教師たちも、国の思惑を背に、表向きは霊魂の救いを口実に、アジアに乗り出して行ったのである。彼らが求めたのは、霊魂の救いだけではなく、経済的利益でもあった。個人とは違う国の思惑があったとしても、時代がそうであったのだから仕方ない。

ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスでもあつた。
キリシタンが禁止されたのは、それらの奴隷貿易の悪行と、侵略の意図が見抜かれたからでもあった。
ただ、侵略の手口がばれたり、婦女子を誘拐して奴隷にしていたのが咎められて植民地化を諦めたのではない。
ザビエルはインドからマラッカ経由で日本に来たのであった。ザビエルの役割は単なるキリスト教の伝道師ということだけではなく、イルミナティの世界支配の将校というか斥候というか、いわゆる侵略軍の先兵でもあったから、よく調べよく報告しているが、結局は逃げ帰るしかなかった。
それでも、4年足らずの滞在中に、たちまち信者をつくっていったのであるが、それが主目的ではなく、日本の値踏みをするというか、日本を徹底的に調べ尽くして、どのように対処するかという戦略を立てることで、彼らの侵略根拠地を日本につくることにあった。ザビエルは1年半かそこらでイエズス会の本部に報告書を出している。
調べれば調べるほど、日本の軍事力が強力であり、まかり間違えば彼らが拠点としていたルソン(フィリピン)が逆に占領される可能性を恐れた。
精強無比な武士集団は60万人以上、しかも当時のヨーロッパじゅうを搔き集めても敵わないほどの鉄砲を有していた。手を出すことはとてものことできなかった。

「日本はヨーロッパと対等か、もしかするとはるかに優れた水準の文明をつくっている。しかもまったく付け込む隙のないような強力な軍隊を持っている。民族として団結している。」という報告をしてる。

即ち、彼らにとって、日本は危険な存在だと見抜いた。そこで、日本人全部をキリスト教に改宗させ、精神的に彼らの奴隷にするか、それができなければ殺すしかないという選択に迫られたわけである。

日本を最終的に奴隷にするか、キリスト教徒にするには、南米とかアフリカでしたのと同様に、部族を全部征服して、部族ごとキリスト教に改宗させることを強要したり集団洗脳しようと思っても、それは不可能であった。
日本人は百姓町人に至るまで読書する能力もあり、布教活動の説法に対してでさえ教義の不備を質問されて返答できず、日本特別ルールをつくってくれるよう本国教会に泣きついたほどであった。
神を信じないと地獄に落ちるのだとして入信を迫られると「オラが入信したとして、オラのご先祖様はどうなる?」「先祖は洗礼を受けていないから地獄に居る。」「そったら心の狭い神様だったら、オラ一人が良くなるよりは、ご先祖様が居る地獄に行く。」
これに対抗できる説明ができなかった。

膨大な報告資料が残っているので、それらを調べると、宣教師の報告の中には、事細かくかかれているのだという。
今まであらゆる民族の人々と話してきたが、日本人こそ一番良い発見であった。キリスト教以外の宗教を信仰する民族の中で、日本人に勝てる他の民族はいない。なぜなら、彼らの話し方はとても丁寧だし、そのほとんどが悪気のない優しい人々であり、名誉の重んじた素晴らしい人々である。何よりも名誉を大事にする。彼らのほとんどが貧しい人々である。たとえ身分の高い人が貧しくても、身分の低い人に軽蔑はされないのである。
日本人は馬術と武器に関する数多くの考えをもっており、彼らが自ら自慢するように、彼らほどそれらが上手な民族はいないと思われる。また、彼らは他の民族に対して全く関心をもたない民族である。彼らは武器を大変尊敬し、とても大事に扱う。そして何よりも金銀で飾った武器を持つことを誇りとする。家の中にいる時でも、外にいる時でも普段から刀剣と短刀を保持している。就寝の際には頭の元に置いておくのである。
人々の大半が読み書きの能力を備えている。それは祈りと神の法を理解するのにとても便利である。彼らは妻を1人以上もたない。ここの土地では泥棒が少ない。なぜなら、泥棒として訴えられる者がいれば、その人は決して生かされることがないからである。人々は泥棒に対して厳しく対処し、彼らにとって盗むことは決して許しがたい行為とされている。彼らは意欲に溢れた人々である。大変話しやすい人々で好奇心が旺盛である。神について話を聞くことが好きであり、とくに彼らが理解できる話については非常に好意的である。今まで私が見てきたあらゆる民族の中で、それがたとえキリスト教徒であろうとなかろうと、窃盗に関しては日本人こそ一番徹底して厳しいのである。”
彼らの習慣として、彼らはお互いに願いが叶った場合には、彼らは叶えてくれた相手に対して信じられないほどに深々と感謝の意を述べる。もし私たちが1人でも何かを彼らにしてあげたならば、もしくは、彼らの下へ訪問したり、彼らが勧めるごちそうを喜んでいただいた場合、その家父長は教会にまでやってきて感謝を述べるのである。そればかりではなく、その親戚たちも同じように大変喜び、誰かの家へ行って私たちの施しを喜んで語るのだ。我々が死後のみならず現世においても役に立つのだと。

有色人種で唯一、植民地支配を受けなかったことには、いろんな理由が挙げられているが、さもあらんと思えることが多い。宣教も単なる殉教の歴史としてとらえることはできない。

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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。

小説も童話も、カクヨム 百神井応身(シャクジイオウシン)で検索してみて下さい。
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