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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

木にまで八つ当たり?
日帝残滓の排除だというのだが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということで、併合時に禿山の回復のために植樹した樹木まで伐り倒すのだという。
そんなことを言うのであれば、真っ先にソウル大学を何とかしたらどうなのか?

確かに、法的には、日本が創設した京城帝国大学との連続性はないということにしているが、
日本が韓国の教育を大事だとして開校した京城帝国大学が、ソウル大学の前身であることは紛れもない事実であろう。
1924年(大正13年)に日本が創設した京城帝国大学は、戦後の1945年10月17日に京城大学と改称されたが、米軍法令102号により1946年8月22日に閉鎖された。
1946年10月15日、当時のアメリカ軍政庁の指示・指導のもと、9つの専門学校(京城医学専門学校、京城法学専門学校、京城歯科医学専門学校、京城工業専門学校、京城鉱山専門学校、水原農林専門学校、京城経済専門学校、京城師範学校、京城女子師範学校)を統合して一つの国立大学を開設しようとする「国立ソウル大学校案」(国大案)によって開設された。
初代学長はアメリカ人のハリー・アンステッド。韓国人の学長は1947年に就任した李春昊が最初。1950年9月に京城薬学専門学校がソウル大学校へ移管され、ソウル大学校薬学大学となった。
朝鮮戦争のときは、一時釜山に避難していたことがある。
法的には旧京城帝大とソウル大学校との連続性はないため、ソウル大学校の公式見解では京城帝大を起源とはしていない。
しかし、理事会や一部の施設等は旧京城帝大関連のものを流用しており、学部によっては日本統治時代の学校を前身としているところもある。
同窓会組織においても、旧京城帝大卒業者は正会員として認められており、また日本の旧帝国大学の卒業生団体「学士会」は京城帝大の学士号および博士号、修士号の取得者に入会資格を与えている。
どう見たって、日帝残滓ではないか。その他にも、日本が造ったものは頑丈だから、いまだに有効利用している構造物は沢山残っていると思うが、それらはどうするのか?
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

小説は、こちらでお読みください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887709936/episodes/1177354054887713218


童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。

小説も童話も、カクヨム 百神井応身(シャクジイオウシン)で検索してみて下さい。
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