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李承晩であったことの不幸
朝鮮戦争は、1948年に成立したばかりの朝鮮民族の分断国家である大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の間で生じた朝鮮半島の主権を巡る国際紛争であったとの認識くらいしか大抵の日本人にはない。
共産主義か自由主義かということで争ったのだが、国が戦勝国の思惑で分割されていたのだから仕方がない。
1950年6月25日に金日制成率いる北朝鮮が、中華人民共和国の毛沢東とソビエト連邦のヨシフ・スターリンの同意と支援を受けて、第二次世界大戦で分割していた事実上の国境線である38度線を越えて、韓国に侵略を仕掛けたことによって勃発したと、学校では習った。

韓国を共産化しようというイデオロギー上の思惑もあっただろうが、何をとち狂ったのか、背後への備えを全く考えもせず、李承晩が日本を攻めようと画策していた背後を突かれたのだというのも、もはや隠しおおせなくなった事実である。
棚ボタ式に韓国が独立でき、初代大統領となれた李承晩が何よりも恐れたのは、日本に統治されていた時代の方が良かったと言われることであった。
だから、そういう意見を言う者や、自分に反対する者を捕らえて粛清した。
自国民を多数虐殺したことで言えば、毛沢東にも匹敵しよう。
調べれば、そんな事実はすぐに出てくる。自国の映画や小説や教科書では証拠とならない。

自分が自国民を残忍に殺した歴史を胡麻化すために、記念館に蝋人形などを作り、日本人が残虐だったと、自分の悪行をなすり付けようとしたのであるが、日本人を知る者は、日本人はそういう残虐な殺し方はしないのだと口を揃える。

彼が異常だと思うのは、ふつう戦争をやる者は、余ほどの素人でも、2方面に敵を作ることをしない。しかし、無謀にも彼はそれをやったのである。
その結果、北朝鮮軍に釜山にまで追い詰められ、李承晩は亡命するか死ぬかしかなくなった。
韓国は、李氏朝鮮の時代から、指導者を先頭に戦場から逃げるのが伝統的歴史である。始末の悪いことに米軍から供与されていた最新武器を放り出して逃げた。これは米軍の名将として知られるリッジウェイ将軍が書き残していることからも明らかである。
その時に救いとなったのが、日本軍で教育を受けた二人の将軍と、日本軍で訓練を受けた兵隊であった。
李承晩は、それまで日本軍に関係のあった者を使うことを極端に避けていたのだが、しょうがなくなって、この2将軍の編成を認め、頼るしかなくなった。米軍も、この編成をした韓国軍を信用し、一気に38度線まで押し戻したのである。
米軍にしてみれば、自国民が戦わないのに、何のために韓国のために血を流さねばならないのかと思うのが当然であり、ひと段落したところで韓国を抜きにして休戦してしまった、というのが歴史の事実である。
今回の米朝会談で、韓国は終戦宣言が出されることを切望したが、韓国の思惑などは米朝双方から相手にもされなかった。

先日聞いてなるほどと思ったことがある。
日本は終戦後、もう戦争なぞこりごりだと思っていたが、朝鮮戦争に日本軍を再編成して派遣したらどうかと考える米国側軍人はいたらしい。
日本軍は強いから、あっという間に朝鮮半島を平定してしまう。何よりも、数年前までは同じ国の国民であったから、北朝鮮の中にも日本で訓練を受けた兵がいたのだというから、それとは戦いたくない。
北朝鮮が頑強に戦ったのは、ついこの間まで敵として戦っていた相手のアメリカが、また攻めて来たと思ったからだというのである。かなり説得力がある。

李承晩は、日本が関与することで統一されたら、自分の悪行がばれてしまうことを一番恐れた。
折角手に入れた大統領の地位が剥奪されてしまいかねない。李王朝時代の中枢にいた者たちの考え方と何ら変わりがない。他人の褌頼りで、戦争の継続を主張した。
休戦協定は1953年7月27日。李承晩抜きで締結された。
どういうわけか、というより、いつの場合も重要なことが決まるとき、韓国はいつも蚊帳の外である。

無法であったことを付け加えるなら、李承晩の悪行には李承晩ラインというのがある。
1952年(昭和27年)1月18日、大統領令「大韓民国隣接海洋の主権に対する大統領の宣言」とやらを公表することにより、国際法を無視して独断で海上に線を引いた。
それによって、平和復興のために汗を流していた善良な日本人漁民を3929人も無法にも漁船ごと拿捕し、韓国に抑留した。
立ってしか寝られない狭い牢屋に閉じ込め、黴だらけや腐る寸前の食事しか与えず、拷問を繰り返した。
韓国を攻めようとしていたと自白せよ、というのであった。武器も持たないで、釣り針でどうやって攻めるというのか? 最初から難癖であったことは明らかである。
韓国ドラマを見た人は理解できると思うが、朝鮮人が自白を強要するときの拷問は、極めて残虐である。
44人の方が亡くなった。日本に帰還できた人たちも五体満足ではなかった。

日韓双方に不幸であったのは、李承晩の置き土産である反日教育であろう。彼が権力の座を追われて亡命してからも、彼が精神的支柱とした反日教育だけは継続し、それどころか更に捏造を加えて事実と全く異なることを教え込んだから、今の日韓関係がある。

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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

小説は、こちらでお読みください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887709936/episodes/1177354054887713218


童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。

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