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悪魔の手段は嘘から
悪魔の所業としか思えない事件が報道される。魔にとり憑かれたのだろうか?
よく、悪魔だとかサタンだとかデビルだとかいうが、それは何なのだろう。

デーモンは「ギリシヤ神話では半神半人。
サタンはキリスト用語で「悪魔、デビル」のこと。と辞書にはでてくる。
つまりほぼ同じ意味ですが、デーモンに限りギリシャ神話か別かで意味が別れるということになるようです。

ウィキペディアによりますと『サタン(Satan)とは、ユダヤ教、キリスト教とイスラム教における悪魔。ユダヤ教、キリスト教では神の敵対者、イスラム教では人間の敵対者とされる。
『日本で特にサタン(Satan)と呼ぶ場合、悪魔の中でも上位の存在を指す総称として用いられることがあり、しばしば著名な悪魔(ベルゼブブ、メフィストフェレス、アバドンなど)を含むことがある。このような用法には、ルネサンス以降の小説や戯曲の影響もある』

サタンの正体にはさまざまな説があり、誰がサタンとは決まってはいない。しかも、本来サタンというものは『苦難を与える天使』だったそうです。つまり『サタン=天使』でも問題はない。サタンが悪魔だというのは人が捻じ曲げたことだといわれることもあります。

悪魔は、仏教では仏道を邪魔する悪神を意味し、煩悩のことであるとも捉えられる。
神に叛くものを悪魔と呼べば、宗教上は都合が良いかもしれないが、「人間を誘惑する存在」と考えるほうが解りやすい。
悪魔は「罠」を用いるとされる。悪魔には立ち向かえ、と教えられるが、現実の世界は悪しき者の配下にあるということで、悪魔の罠を見破るのは一般人には容易ではない。
罠を作って人を惑わすときの手段は「嘘」。
嘘つきは泥棒の始まり、などというどころの騒ぎではない。
人が幸せになるためには嘘を見破ることができることは大切だが、何よりも自分が嘘をつかないようにすることが、悪魔から遠ざかれる道である。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

小説は、こちらでお読みください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887709936/episodes/1177354054887713218


童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。

小説も童話も、カクヨム 百神井応身(シャクジイオウシン)で検索してみて下さい。
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