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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

丸岡城城主は
短いながら簡潔で素晴らしい手紙だという事で国語の時間に習った「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」に出てくる「お仙人」を女の子だと思っている人は多い。
この手紙は、本多作左衛門重次が、小牧、長久手の戦い(天正12年、尾張国(愛知県)の小牧・長久手を中心として、豊臣秀吉と織田信雄・徳川家康の連合軍との間で行われた戦い)のときに、国元の妻に送った手紙であるという説がありますが、これは誤りのようで、どうも長篠の戦いのときのことなのだという説もある。

お仙は、元亀3(1572)年に浜松で生まれ、重次が、長篠の戦い(天正3年三河国長篠(愛知県南設楽郡鳳来町)を中心に行われた武田勝頼と徳川家康・織田信長の連合軍との戦い)に参戦したのは、お仙が3歳のときでした。
小牧・長久手の戦いのときだとすると、お仙は12歳になっているので「お仙泣かすな」という言葉が当てはまらないのだという。

このお仙は、後に丸岡城(福井県丸岡町にあり、天守閣が国の重要文化財に指定されている)の城主になりました。本多成重(幼名:仙千代)のことです。
丸岡城主は、初代柴田勝豊から始まり、その後明治維新まで17代続きました。
小さい城であるが、見物客が多い。

城と隣接する建物に、日本一短い手紙の館が有る。この資料館にある手紙を見て回るには時間がかかるけれど、短くても胸を打つ文面が多い。
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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。
http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html

童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/douwa.html
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