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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

まだ先は長いのだろうけれど
80に近いこの年になるといろんな感慨に浸ることが多い。
人生望んだ通りの結果が得られたのか?といっても、何が望みだったのかということすら定かではないから、判断のしようがないのだけれど・・・
そこそこ幸せでそこそこ不幸で、まあそんなところだと思う。
恨み辛み・不平不満を抱いたことがなかったとは言えないが、それを表立って口外することは、お陰様で殆どなかったようにも思うが、裏返せば我慢をしていたということにもつながるから、それもそれでありかというところである。

世間様に自慢できるような実績は残せなかったが、大迷惑をかけることもなくて来れたということで、その他大勢の一人として何らかの役目は果たしているのだと思うことにしている。
悲憤慷慨したことも多々あったと思うが、そもそも公平などを主張してみたところで、何が公平なのかは解らない。
公平を主張する前に、自分の努力の多寡を抜きにすることはできない。その時々に頑張ったとは思うが、血の滲むような努力をしたことがあったとの記憶もないから、それを強い意志で継続することで成功を収めた方々に対しては、祝福することはあってもやっかむなどということは一切ない心境でいられることは救いでもある。
生きてくる上で困難なことや理不尽な仕打ちを受けたことがなかったとは言わないが、それをハラスメントだなんだと言って、他に改善を求められるほど天に恥じない行動をしてきたかいえば、そうでもない。何事も自らがなさねばならなかったことだということの方が多かったのだと素直に思える。
この世に生まれて来たのは、様々な困難を乗り越えられるようにする修行の場であり、それなくしては精神を磨くことができないとする宗教観を否定できない。
生まれ変わり死に変わってあらゆる経験をさせられるのだとしたら、今生はまあこんなもんなのかも知れない。
お陰様でまだまだ健康だから、この先でどんな「気づき」が得られるかと楽しみであるが、それらを伝えることができるかどうかがこれからの役目だと思っている。

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私が書いた小説 
ある日突然、頭に「これを書け」という声が響いて書き始めた小説「夏風越の(なつかざこしの)」は、書き始めてから年月がかかった。
どう書き進めるのかは、降りてくるお告げに従ってのことであるから、一気に何ページにも及ぶこともあれば、何か月にもわたって一文字も書かないということもありました。
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むということなのですが、何かが時々降りてきて言われる通りに少しずつ書き進め、2018年10月10日、第12部の後、最終章をまで書き終えました。長きに亘り有難うございました。

小説は、こちらでお読みください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887709936/episodes/1177354054887713218


童話 「トイレの神様」・「お祖父ちゃんの神様」・「鬼切丸」・「昔ばなし」・「麦の命」・「猿酒を飲んだ天狗」・「狐のお嫁さん」・「花を摘んでいた少女」ほか、幼児に読み聞かせるのに良さそうなお話を書いています。
http://www.kng2321-cbs.com/natsukazakosino530.html

小説も童話も、カクヨム 百神井応身(シャクジイオウシン)で検索してみて下さい。
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