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今頃になって手を焼く羽目
戦後も75年過ぎ、日本悪者説での教育で育った我々も、いろんな事実を知るようになった。
日本を正当化したいがためのことではないが、歴史ということを学ぼうとすると、事実というのは隠しても現れてきてしまうのだということだけは解ってくる。
ものごとには良い悪いだけではなく、それが起こった原因やいきさつというものが必ずある。それを学ぶことを避けていたら、人類の発展というものはないのだと思う。

フランクリン・ルーズベルト大統領は、何としても戦争がしたかった。フーバー氏が書いていることであるから事実なのだと思う。
ルーズベルト氏は自身もそうだがその取り巻きも含め、コミンテルンに取り込まれていて、共産主義革命をしたかった。戦争による混乱を利用しようとしていたことは確からしく、ドイツと日本がそういう社会になることをまず狙った。
ルーズベルトは選挙での国民との固い公約を破ることはできず、参戦を正当化するためには他国が先に米国に対して手を出すようにしむける必要があった。

大東亜共栄圏などを唱え、人種差別や植民地支配の撤廃を唱え、大東亜共同宣言などを実現した日本は、植民地主義の国にとってはさぞ目障りであったろう。
しかし、如何に挑発したところで日本が簡単に戦争を起こすわけがない。石油がないことにはどうにもならないということが解らないほど日本は愚かではない。
そこで、石油の値段を下げまくって日本に買わせた。2年分ほどの備蓄がされたころを見計らって供給を全面ストップするという汚い謀略を使った。
まあ国力差があるし、米国の作戦勝ちである。日本側が最初に考えていた戦線をアジアだけに限定し、短期で停戦をはかるという目論見は、うまくいかなかった。

戦争の終結に至ったのは原爆の投下だったといわれているが、本土決戦を主張する勢力はまだ強かった。米国軍が千葉あるいは相模湾からの上陸を考えたが、米側の被害が甚大になりすぎ、それを躊躇わざるをえない状況下で終戦を迎えられたのは、天皇陛下の決断である。
その決断は、玉音放送より5日ほど遡る。
ソ連軍が不可侵条約を破って侵攻を始めた翌日であったという。ソ連軍が入ってきたら、日本が共産主義化されることを何よりも恐れたからだという。
ギリギリのところで日本はそれを防げたが、終戦後に共産主義の脅威に気が付いたのが米国である。レッドパージなどにより必死になって対応したが、その脅威は米国内に根強く残ってしまった。今の米国内にある人種差別反対運動の裏に潜んでいるのは、共産主義者たちの暗躍による分断作戦であるということが囁かれている。破壊的な行動を伴うことで、その説が説得力をもつ。
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