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法律の体系に安定性は保持できるのだろうか
北海道内に住む同性のカップル3組が、同性同士の結婚が認められないのは「婚姻の自由や法の下の平等を定めた憲法に違反する」として、おととし、国に賠償を求める訴えを起こしていたが、17日の判決で、札幌地方裁判所の武部知子裁判長は、まず「憲法24条の『婚姻は両性の合意のみに基づく』との規定は、『両性』など男女を想起させる文言が使われるなど異性婚について定めたものだ」として、婚姻の自由を定めた憲法24条には違反しないと判断しましたという。

日本国憲法第二十四条第一項では「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と謳われている。
平成二十七年二月十八日、参議院本会議で安倍総理は、「同性カップルの保護と憲法二十四条との関係についてのお尋ねがありました。憲法二十四条は、婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立すると定めており、現行憲法の下では、同性カップルに婚姻の成立を認めることは想定されておりません。
法が制定された当時には想定されるような状況下ではなかったろうから当然である。
同性婚を認めるために憲法改正を検討すべきか否かは、我が国の家族の在り方の根幹に関わる問題であり、極めて慎重な検討を要するものと考えております」と国会でも発言した。
この問題について、国会で審議されたことはないのではなかろうか?
憲法にも触れる結婚を、法の解釈だけで判決を下していいものなのだろうか?
「両性」というのが男女を意識する文言だというが、生物学的に厳然として在る男女というものを、如何様に判断しての判決なのだろうか?
離婚だという事態に立ち至ったときは、どう対応するのだろう。混乱は必至であろう。
お嫌いではあろうが、憲法改定を手順として踏むべきだったのではないのか。

夫婦別姓というのが主張され、一部国会議員が躍起になって質問に立っているが、夫婦別姓というのが絶対正義だとでもいうのだろうか?
共産党、それもスターリンが言い始めたことだと記憶しているが、家族関係を解体して個々人を相手にするということが如何なることになるかを考えると、不審感しか覚えない人の方が多いのではないのか。
ジェンダーフリーというのも、それは個々人の自由な考え方であるから否定するつもりはないが、生まれついての性別は生物学的にみれば、厳然とした区別である。
人権を盾にして主張されれば、敢て否定できない風潮は既定化してしまっているようであるが、人権というのをどの範囲にするかということを決めないで議論するのは、如何なものなのかと思う。多様性というには、模糊としすぎていないだろうか。

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私が書いた小説 「夏風越の(なつかざこしの)」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887709936/episodes/1177354054887713218
「鵯越え」・・・・「夏風越の)」の続編です
https://kakuyomu.jp/works/1177354054935239046/episodes/1177354054935239209
「くぬぎ越え」・・・「夏風越の)」の続々編です
https://kakuyomu.jp/works/1177354054954452867/episodes/1177354054954453601
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