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禁止されるまで続いた危険な遊び
「印地打ち」、「小石打合」、「向い礫」。日本でも昔の戦争では、石は武器であった。
敵味方に分かれた人員が、離れた相手陣営に対して緒戦では小石(礫)を投げ合うが、素手で投げるだけではなく、投石器や竹の棒を使って、より強力により遠くに投げる工夫も行われていた。
その後、戦だけではなく、遊びにも影響した。
『日本三大実録』には元慶5年(881年)に子供らが京の一条で大規模な合戦ごっこをやったと記載されているが、これが石合戦であろうと推測されている。以降も石合戦は記録され、少し下る鎌倉時代初期の『源平盛衰記』などにも記述があるという。
子供たちが行っていたが、大人が加わることもあり、頑丈な石を投げ合うため死亡者・負傷者が出る事も少なくなく、大規模な喧嘩に発展することも多かった。そのため鎌倉幕府3代執権北条泰時などは、「向い飛礫」遊びを禁止する条例を発布した。

朝鮮では、この遊びがかなり遅くまで続いた。投石戦は高句麗時代から存在していたとされており、当初は国家行事的な扱いを受けることもあったらしい。
朝鮮時代には、正月や端午の日に行われた遊びとして残っていた。ソクチョン(石戦)は、その名の通り石を投げ合い戦う遊びであり、村と村が野原や川を挟んで戦った。勝負は一方が降伏するまで続けられるため何日間も続く場合もあったという。
死傷者が多数出る危険な遊びだったが、王朝は民の命など重要視しないで、見物するのを楽しむ王侯貴族が居たためか、日本が韓国を併合した1910年に禁止されるまで続いていたが、その後は行われていない。
韓国では日帝が石戦が反日運動に使われるのを恐れたから禁止したのだという評価らしいが、そんなに自慢な文化だというのなら復活させてみればよい。野蛮なことこの上ないではないか。
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