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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

謝るだけでは済まない世界

 世の中は、悪い人がいないと収まらない。

 悪人がいないと駄目だという意味ではありません。

「私が悪うございました。ごめんなさい。」と、どちらかが謝罪することで、「本人がそう言っているのだから、この問題は終わりにして後は仲良くやろう。」とするのが、日本の美しい文化だと思うのです。諸外国は、違います。

 

 しかしながら、戦後、自分で勉強したり調べたりして事実関係を確認して事実その通りであったということでもなく、また謝罪が必要な当事者でもないのに、日本人を代表しているかのように、何でもかんでも他から言われるままに謝るというのは、どうかと思う。

 

 他国では、無茶な戦争をしたって、悪かったなどと言ったためしはないように思います。

 そんなことはない、ドイツは謝ったとすぐ言われますが、ドイツは戦争について謝罪したのではなく、ナチスの非人道的な行為について謝ったということでありましょう。

 アヘン戦争のような無茶苦茶なことをしたって、謝りもしませんし、またそのことで被害国が強烈な抗議をするというようなことも、未だにないのではと感じられます。

 平和条約が締結されれば、あとのことは当事者の国の国内問題として扱われるのが、法的安定性が保たれるということの筈。身近なことで言えば、示談なども然りです。

 

 外国を旅すると経験することだと思いますが、彼らは決してソーリーとは言いません。最高の謝り文句が「それは、貴方にとって大変不幸なことでした。」という表現です。

 なぜ謝らないか?といえば、「悪いと思っているなら、賠償しろ。」と、次の段階に進んでしまうからでしょう。

「本人が反省してるんだから、もういいだろう。」とする日本の考え方とは根本的に違うのだと思います。

 ですから、理不尽な要求に対して譲ることはできません。多少もめたとしても、言うべきことは言わねばならないのです。

 

 古来日本では、訴訟騒ぎを起こすのは村八分の対象ともなりえました。

そんなことをしないでもお互い仲良くできるだろうという連帯感連帯意識、思いやり譲り合いが共通意識としてあったからだと思います。

 

 美しい日本の精神の顕れである一歩譲るということが、世界では通じないようです。

 

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幸せになりたいと言いながら、自分がなにもしないのでは、今の状況が変わるわけがありません。でも、やらないで不満ばかり抱えている。

やると良いと頭ではわかっても、やらない理由を見つける名人でいては、何も変わらないし、よい展開はうまれない。

 

でも、なにをやればいいのかが分からないから、何もしないでいるのが普通です。

 

できることは有ります。やらないことには何も始まりません。何でもそうですが、やってみると今まで見えなかったものが見え、解らなかったことが解ってくるものです。

 

なぜ、自分で墓石クリーニングをするのか

http://www.kng2321-cbs.com/why%20cleaning%20.htm

 

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私の書いた 小説 「夏風越の(なつかざこしの)」 

幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進む。

http://aa3take.web.fc2.com/syortstory1.html 

 

気づけばわかる潜在意識へのヒント

旅行・登山・お出かけから得た幸せ日記

http://a2take70.blogspot.jp/

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