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旅も登山も風景や花があって、幸せを感じます。豊かな気持ちになれます。

小説「夏風越の」外伝 井伊左門1

井伊は、生来自分が表立って何かをすることを好まない。目立たないところで、仮令誰

 

が気づくことがないとしても、人の世話をするのが性にあっているのだと思っている。

 

自分というものを余り出さないから、時に軽く見られることがあるが、彼の縁の下の力

 

持ち的な働きがあって物事が治まっていることを、知る人は知っている。

 

 武士の表芸である剣の腕も、端倪すべかざる技量を備えているが、それを知る者も又、

 

僅かしかいない。それは、道場などで修行したのではないことにもよる。

 

天賦の才があったというしかないが、どこからか湧いてくるものに素直に従っているだけ

 

のことと思っているから、修行に励む人への遠慮もあった。

 

捉われることが少なく伸びやかにしているから、ときどきの自然の美しさにも目が行く。

 

折から山桜が咲いているのを、手折ると枝が裂けて見苦しいからと、小柄を抜いて一枝切

 

落としたのを携え家路をたどる道で隼人とすれ違った。

 

「よいお日柄でござる。ご貴殿が切り取られた枝でござるか。」と隼人が声をかけた。

 

「さようにござるが、何故にての問でござろう。」

 

「余りに切り口が鮮やかに見え申したので、卒爾ながらお尋ね申した。」

 

これが、隼人と井伊が最初に出会った時の会話であった。会うべくして会ったのだと言え

 

よう。井伊も時を繋ぐ者の一人であった。

井伊は、自然の中にいるのが好きであった。鳥が翼を翻して飛ぶのや、猫が獲物を捕らえる身

のこなしを見るともなく見ているうちに、それらの動きが何時の間にやら身に備わった。

そよ風の中に身を浸しているうちに、風の裂け目ともいえるものが見えるようになった。

自然に逆らわず、それに身を任せば、体が自然に動くのだということが体感したことなのであ

った。我意を働かせることよりもずっと、自在でいられることを知ったのであった。

自らの役割を果たさねばならない時が来るとすれば、それは自ずと解ることであり、その時が

至るなれば、その時は力の限り立ち働けばよい。任せていれば良いことだと思っていた。

武士に生れついたからには、いずれ一命を惜しまず尽くさねばならぬ事態が起こり得るとの覚

悟はある。それが何に対してであるのかは、未だ知れなかった。

 

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身近にある最大のパワーストーンで、気づきの体質になる。

 

できることは有ります。何でもそうですが、やってみると今まで見えなかったものが見え、解らなかったことが解ってくるものです。早くやれば良かったと、やった人は言います。

 

なぜ、自分で墓石クリーニングをすると良いのか

http://www.kng2321-cbs.com/why%20cleaning%20.htm

 

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小説 「夏風越の(なつかざこしの)」 

幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むシリーズ。

http://aa3take.web.fc2.com/syortstory1.html 

 

動いて気づけば潜在意識につながり幸せ

旅行・登山・お出かけから得た幸せ日記

http://a2take70.blogspot.jp/

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