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小説「夏風越の」外伝 河尻又兵衛 1

 武家の表芸である刀・弓・馬・槍を総称して「武芸四門」という。

 中でも槍は、薙刀と並んで、突く切る薙ぐ払う叩く等の何れにも適していて、最強の武具と

いえる。対抗しうるのは、小刀・懐剣ということになる。間合いに入られると、具合が悪いが、

その間合いに入ることがなかなかに難しい。 河尻は、その槍を使う巧者であった。

 物ごころが付いたとき、いつの間にか槍に触れて育った。馴染んでいたのだといえよう。

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて槍が生まれ、それが次第に武将も使うようになり、武

芸としての槍術が発達していった。

武将が使うようになるにつれ、槍自体も使い手の好みによって改良が重ねられて、普通の

一種類から、穂が長い大身槍、穂の根元が分岐している鎌槍十文字槍、柄に可動性の管を

装着して突き出し易くした管槍、柄が短い手突槍など、さまざまな種類が生まれた。

 流派も多岐にわたるが、他流試合というものは無かったようである。

 

 河尻又兵衛は、母方の伯父である尾張藩の家臣であった河尻又三郎が嗜む貫流を垣間見て、

槍を使うことになった。

 貫流は、尾張藩の御留流であるから、表立っての手ほどきを受けることは叶わなかったし、

若くして身罷ったから、貫流が身についたわけではない。

 貫流は、長さ二間の長槍に管を通して用いる。管を通すことを有効に使い、敵の刹那の崩れ

をつき、螺旋を描いて槍を素早く繰り出し繰引くことによる速さに破壊力を生む。

 この流儀は、槍・剣の二芸は「車の両輪・鳥の双翼の如し」「槍法を知らずして刀術を語る

こと勿れ。刀法を知らずして槍術を語ること勿れ」ということになっている。

 河尻は、管槍ではなく長柄大身の素槍を使う。幼少期から膂力衆に秀で、屋敷の庭が広かっ

たから、槍を振り回すのに何の不都合もなかった。

 自分で巻き藁を何本も作り、墨で的を黒く塗って、突く薙ぐ叩く払うを飽きずに繰り返した。

あるとき、蝿が異常に発生した。飛び廻るこれらを目がけ、突く切る払うをして過たず全てを

地面に落とすことができるようになっているのに気付いた。

 そんなときである。隼人が偶々通りかかって生け垣超こしにそれを目にして声をかけた。

「ご修行中に卒爾ながら。凄まじき業前にござる。拙者は薄田隼人と申す者にござるが、是非

とも間近にて見学のお許しを頂きたく存ずる。」

「薄田殿のご高名は、かねてより存じ上げ申す。できますれば当方こそ、ご貴殿の刀法をご教

示賜りたく存ずる。」

 一流を極めた者は、腰の据わり呼吸ひとつで解りあえたということか。双方二十歳前の夏の

ことであった。

 前置き抜きで、真槍と真剣をとって向き合い、呼吸を計って対峙するも両者とも微動だにせ

ず四半刻がすぎた。一合も交わすことなく槍と剣を引き合い、深々と礼をし合うと、「恐れ入

ってござる。」「恐れ入ってござる。」と同時に口に出した。

 打ち合いこそしなかったが、数十合のやりとりがあったということである。

 

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小説 「夏風越の(なつかざこしの)」 

幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むシリーズ。

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動いて気づけば潜在意識につながり幸せ

旅行・登山・お出かけから得た幸せ日記

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