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<ブラジルW杯>MF山口蛍選手 初戦は父の日、贈り物は?
 サッカー・ワールドカップ(W杯)日本代表で「セレッソ大阪」のMF山口蛍選手(23)は三重県名張市の父子家庭で育った。離婚後、兄と自分を苦労して育てた父憲一さん(47)に、昨年6月の父の日、家族の名前と「いつもありがとう!」の文字を入れたスパイクを贈った。先発が有力視される初戦の15日(日本時間)も父の日。現地で観戦する憲一さんは「W杯でピッチに立つ姿が最高のプレゼント」と息子の雄姿を心待ちにしている。



 山口選手は小3の時、社会人リーグでプレーする父を見てサッカーを始め、2歳年上の兄岬さんがいる地元クラブに入団。翌年離婚した憲一さんは「子供との時間を増やそう」と通勤時間が長い大阪市の会社を退職した。

 朝は新聞配達、昼は土木作業員、夜はバーテンダーを掛け持ちする一方、店近くに止めたワンボックスカーに布団を敷き、幼い子供2人を寝かせて待たせた。夜、自宅を子供だけにせず、何かあってもすぐに顔が見られるようにという思いからだった。サッカーの指導も続け、山口選手は小6の時、セレッソ大阪ジュニアユース(15歳以下)の入団テストに特待生で合格した。

 地元中学校の放課後、電車と自転車で片道約2時間かけて通った山口選手も中学卒業前、自由時間がない反発から約1カ月練習をサボり、「やめる」と言い出した。憲一さんは進路に関する家族会議を開催。当時高2で現会社員の岬さんが「高卒後、ブラジルにサッカー留学する」と宣言、触発された山口選手も「戻る」と答えた。

 ユース(18歳以下)を経てプロ入りした山口選手は2012年、ロンドン五輪の代表選手に。今年5〜6月のW杯強化試合に3戦ともスタメン出場した。

 昨年、実家に届いた水色のスパイクには「憲一、岬、蛍、みさほ(祖母)」と家族の名が刻まれていた。憲一さんは山口選手から直接感謝の言葉を言われたことは「一度もない」が、「形で表すのがあいつらしい」。今月9日、無料通話アプリ「LINE」で「暑さはどう」とメッセージを送ると、現地から「そうでもないよ」と返信があり、憲一さんは「いつも通りの短い返事なので安心した」と笑う。11日にブラジルに旅立った憲一さん。父の日のコートジボワール戦では「ピッチに立ち蛍の名前の通り一瞬一瞬、輝いてほしい」と願っている。【鶴見泰寿】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140612-00000042-mai-soci
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